懸念されていた通り米国大統領選挙はもつれる結果となった。開票完了前に早々と勝利宣言を宣言してしまったトランプ大統領であるが、開票が進むにつれて民主党のバイデン候補が追い上げ、遂に勝利の目安となる270人の「選挙人」を獲得してしまった。

我々日本人の常識ではここで決着がつくはずであるが、トランプ大統領側は選挙のプロセスの一部が「違法である」として訴訟を辞さない構えのようである。米大統領選挙制度はそれ自体で大学の授業の一科目が成立してしまうほど複雑でわかりにくいが、それに加えて今回の選挙はコロナ禍の真っただ中で行われ、そのプロセスをさらに複雑なものにした。いつの間にか総理大臣が変わってしまった日本と異なり、世界の覇権の頂点に立つ米国の大統領選は世界が注目する一大事である。

選挙結果は別として、ビジネスの世界ではその結果如何にかかわらず日々の競争が繰り返されている。世界の半導体市場での大きな変動ファクターの中でも米中の技術覇権競争は熾烈を極めており、この対立構図は大統領選の結果にかかわらず依然として半導体ビジネスの前に厳然として立ちはだかる大きな問題である。米大統領選に関する報道の中に埋もれてしまった感があるが、私は次の2つの業界の巨大企業の象徴的な動きに注目した。

国内半導体生産の奨励のためのロビー活動を盛んにするApple

米国の有力メディアBloomburgは、Appleの決算報告に伴う情報開示資料の中でAppleが自社が使用する半導体の国内生産に向けて米政府に対して盛んとロビー活動をしているということを報道した。このAppleの動きには下記のような要因がある。

  • Appleは世界最大の半導体消費企業の1社で、その半導体部品は受動部品も含めて世界各国から輸入している。その中でも中国製半導体の量はかなりなものである。米中の半導体をめぐる貿易摩擦によってその輸入関税は上昇していて、Appleの利益率に大きな影響を及ぼしている。
  • AppleはCPUなどのキーデバイスの設計能力についてはかなりの実力があるが、その生産はファウンドリを頼らざるを得ず、特に台湾TSMCには大量の先端半導体を生産委託している。台湾は米中技術覇権の争いの真っただ中に位置していて地政学的なリスクが増している。その中でSIA(米国半導体協会)は米国政府に対して半導体国内生産をサポートするために必要と5兆円に上る資金を要求しており、TSMCもアリゾナ州での工場建設を表明していてその際の税制優遇を米政府に対して働きかけている。
  • 今は亡き天才スティーブ・ジョブズの後継者としてAppleを率いているCEOのティム・クックはもともとサプライチェーン部門の責任者である。Appleが世界中から調達する部品の安定的な供給とそのコストについてはAppleの中の誰よりも敏感である。
  • iPhone

    私が歴代所有してきたiPhone達、2020年はこれにiPhone SE(第2世代)が加わった

この動きは、米大統領の交代劇後も米中の半導体摩擦が継続されるとAppleが予想していることの明らかな証拠であると思える。

国内半導体生産に踏み切るファーウェイ

かたや先端半導体の調達に大きなチャレンジを抱えているファーウェイは、この分野における政治的な解決を半ば諦めたような動きを見せている。英紙FT(Financial Times)の報道によると、ファーウェイは自社用の半導体部品を生産するファブを上海にあるIC研究開発センターを中心に立ち上げるという。

米国の技術を使わないで自国内で完結する半導体サプライチェーンを構築しようとする思い切った決断だ。最先端の製造装置の供給を欧米に頼らないために新設ラインは45nmというかなり遅れた世代のプロセスとなるが、「自国内での半導体の一貫生産」という大きな目標に向けての決意表明と見るべきだろう。

  • ファーウェイ

    ファーウェイのスマートフォン (C)THAM YUAN YUAN/Pixabay

自国での半導体生産のみに頼るとなると「中国製造2025」のスケジュールは大幅に遅れることは余儀なくされるが、3000年以上の長い歴史を誇る中国にとっては「大きな流れを作ればあとはやるだけだ」という長期戦略の表明のようにも映る。

さて、大統領選挙の結果についてはこのコラムを書いている11月8日時点では民主党のバイデン氏が勝利宣言をし、制度上は現職のトランプ大統領の“Concession Speech(権限移譲のための敗北宣言)”を待つのみとなっているが、今後どうなるかは現時点ではわからない。

“自国第一主義”を第一の国是に掲げ、世界各国との亀裂を深めたトランプ大統領と対照的な形で、バイデン次期大統領は綱領の中で「地球温暖化」に対する積極的な取り組みなど他国との協力の意思をはっきり謳っているが、米中の技術覇権問題は国力の核心部分であるだけに今後も引き続き継続されるものと予想される。