パッシブになってしまった一年

前回までは、「このコロナ禍をどう感じたか」について、有識者たちの意見をお届けしてきたが、連載第4回目となる今回は「未来をどうデザインしていきたいか」についての討論をお届けしたい。

モデレーターの山口周氏は、議論のテーマとなる“デザイン”について“Will”が大事だと述べ、「この一年様々なことが立て続けに起き、人間の構想力を超えてしまったことで自分も含めパッシブ(受動的)になってしまうことが多かったと思う。流れに飲み込まれないためにも、今後の未来をアクティブ(能動的)にどう構想していきたいか、この分野についてはこうしていきたいという意見を出してもらいたい」と提起した。

これに対し、またもトップバッターとして意見を述べたのはサコ氏である。

デザインとアートの関係性と主体性が問われる社会

「先ほどのスプツニ子!さんの自己紹介でアーティスト兼デザイナーとおっしゃったのを聞いて面白いと思った。話を聞く中で、デザインとアートは対立するものなのか共存するものなのだろうかと考えた。 私は、これまでの経験の中で、デザインをするといった場合、外界から受けたアイデアが多く、内発的なものは少なかった。それと比べ、アートは内面からでてくるという点で逆である。私の研究しているコミュニティというものも“規範”に従っているという点で外発的なものが多いが、今後はコミュニティもその中の人達が持っている内発的なもので付加価値をつけることが多くなるのではないだろうか。 デザインという事を考えるときに、もっと内発的なものを使ってどう変えていくか、デザインされる相手自身がどう自分を出していくか、というものが重要になってくると思う。デザインとアートの共存の在り方が、これからのデザインの価値基準となるのではないかと思う」 とサコ氏がデザインとアートという似て非なるものについての意見を述べると、それを受ける形で暦本氏が自身の経験を踏まえる形で応じた。

  • サコ氏

    アートとデザインの関係について意見を述べるサコ氏とそれを聞くアーティスト、スプツニ子!氏(異種格闘技戦の配信画面をキャプチャしたもの 以下すべて同じ)

「さっきはローカルも大事といったが、同時に私はコンピューターサイエンティストなので徹底的にバーチャルに置き換えたいという気持ちもある。Web授業を行うとほとんどの生徒は1.5倍速で授業を聞いたり、わからない部分を巻き戻したりして聞いている。これはフィジカルの授業ではできない利点である。言葉の壁やハンディキャップなどもデジタルが間に入ると緩和しやすい。いままでのリアルワールドの制約はデジタルになったときに取り除ける可能性が高い。今まではフィジカルはフィジカル、デジタルはデジタルで切り分けられていたのが、これからはフィジカルのいいところとデジタルのいいところを組み合わせて使うことができる。また、どこを取るのかを自分で決めることができる。どう組み合わせるか考えるのがリデザインになると思う」。
  • 暦本氏

    今後はデジタルとフィジカルのいいところを組み合わせられる社会になるという暦本氏

デジタルとフィジカルという2つの側面からのこの暦本氏の意見に対し、山口周氏は暦本氏の“どこをどう組み合わせるのか決めること”を“編成”としたうえで「今までは一部の人しか“編成”を行えなかったが、どんどんいろいろな人にも編成の権利が与えられるようになってきている。これまでは会社を決めると住む場所や、働く場所は自動的に決まっていた。これからは働く場所も選べて、住む場所も選べるようになる。このように全部を自分で決められる社会は逆に言うと、“主体性”がかなり問われることになる。今まではノーム(規範)に従えばよかったのに、アノミー(規制などがない社会)になるということを表している。規範に従っていることが大きな安心感、安定感につながっていた社会だったのに、人それぞれがばらばらに行動する社会になると、個性の強度や人の不安につながると思うのだが、そこについてどう考えるか」と新たな疑問を投げかけた。

その疑問に対して応えたのはスプツニ子!氏だ。「自由なことや部品を自由に編成できる事は、好奇心がある人や能力の高い人にとっては夢のような事であっても、社会のほとんどの人はそれを活用せず、あたりさわりのない、予測可能な情報をずっと見て過ごすことになる気がしている。実際、インターネットが今はリアルと比べて壮大な田舎のようになっている。インターネットの価値観の方が古くなってしまっている。すべてのものとつながることが、決して先進的なイノベーションにつながるわけではないことをひしひしと感じている」と、すべてのものとつながることが、古い価値観ともつながってしまい、主体性を持つことを妨げることに対する危機意識を示した。

  • 暦本氏

    インターネットの価値観について議論するスプツニ子!氏と暦本氏

複雑化する社会、デザインがもたらす“単純さ”の恩恵

熱を帯びる議論に工業デザイナーの深澤氏も「ひとついいですか」と切り込んでいく。

「インターネットやコンピューターは複雑な仕組みで作られているものだと思われているかもしれなし、未来は技術の進歩に併せてより複雑になっていくかもしれないが、デザインにおいて自分が心掛けているものは“なにか一つ答えを出すことによって、そのほかの細かいものがいっぺんに理解できる”というものである。これがこういうものだという事だけ認識させて、その他の複雑さや仕組みがどうなっているかをわからなければいけないという怖さから解放してあげるべきだと思っている。最近、自動運転のバスをデザインをしたのだが、乗車する人からすると自動運転かどうかやそれを可能にしている技術は関係がない。ただ、過去のバスよりも便利になっているとするならば、それが伝わるようにしなければならない。未来を感じさせたり、複雑な社会に対してできるだけ単純な答えを差し出すことが、今のデザインの使命だと思っている。また、昔聞いた言葉の中に『なにかまったく新しいものに出会ったときに、懐かしいと感じることが美しい』というものがあるが、複雑な人間の中に備え付けられたメモリがあって、そこに触れるものが自分たちを動かしている気がする。それに形を与えて、物理的に見せることが私の使命だと思っている。懐かしさという機能を探し当てて、人間をいい方向に向かわせないといけないと思っている」と、デザイナーとしての観点から、複雑化する社会に対する見方を述べると、それに応じた山口周氏が「それは一種のアフォーダンスみたいなものですよね」と補足。

アフォーダンスというのは認知心理学における概念であり、「物が持つデザインが使い方の情報を発信している」という考え方である。

  • 深澤氏

    デザインにおいて心がけている事について話す深澤氏

それを受けて深澤氏は、「文化の違いや価値観の違いとは関係なく、機能に着目し、世の中を考えたほうが混乱がないと思っている。自分はデザインによってそれを表現していると思っている」と自身のデザインの根底にあるものを説明。

さらに山口周氏から「この分野については世の中がとても不自然になってしまっていて、直したいと思うことはあるか?」という新たな問いが投げ返されるに対しても、「普段感じている違和感を丁寧に直していくという作業によって、ささくれだった世の中をなだらかにしていきたいと思うかもしれない。違和感を感じている人が多いものほど、直していく作業は進むと思う。アレ? とまず思うことが重要であると思う」と、人間としての感性の機微の重要性を指摘した。

人間が “違和感を感じる事”は、何を意味するのか。白熱の議論はまだまだ続く。次回は、この違和感を感じることと、社会の関係を踏まえ、さらに深く掘り下げられていく議論の様子をお届けする。

(次回は11月17日に掲載します)