AIが導き出した軌道に乗って

この途方もなく長く壮大な旅の鍵となるのが、人工知能(AI)の助けを借りて考案された「ペリヘリオン・ポンプ・マニューヴァー」(perihelion pump maneuver)と呼ばれる軌道操作だ。

  • アルファ・ケンタウリに向かって飛ぶフェルミ・エクスプローラーの想像図 (C)Fermi Explorer

    アルファ・ケンタウリに向かって飛ぶフェルミ・エクスプローラーの想像図 (C)Fermi Explorer

フェルミ・エクスプローラーのチームが軌道設計を進めていたところに、物理学の研究にAIを活用する米フィジカル・スーパーインテリジェンス(PSI)が加わった。機体質量、電力、推進剤、予算といった条件をAIに与えて探索させた結果、それまでチームが検討していなかったこの軌道操作が導き出された。

現在の案では、探査機の推進に電気推進を使う。太陽電池で得た電力によってキセノンをイオン化し、そのイオンを高速で噴射することで、探査機を少しずつ加速していく。化学ロケットのような大きな推力は出せないものの、少ない推進剤で大きな速度変化量が得られるため、長期間にわたる加速に向いている。

ただし、太陽電池を使う以上、太陽から遠ざかるほど得られる電力は減っていく。ペリヘリオン・ポンプは、この弱点を逆手に取る。アルファ・ケンタウリへ向かう前に、探査機はいったん太陽へ近づき、そこで加速を重ねるのだ。

  • フェルミ・エクスプローラーの航路図 (C)Fermi Explorer

    フェルミ・エクスプローラーの航路図 (C)Fermi Explorer

まず探査機は、進行方向とは反対向きに推力を加え、太陽を回る軌道のエネルギーを少しずつ下げていく。すると軌道は太陽側へ深く入り込み、近日点、すなわち太陽に最も近づく地点を約0.42au(天文単位)まで下げる。1auは地球と太陽の平均距離なので、地球軌道の半分より内側まで入り込むことになる。この距離では、届く太陽光の強さは地球軌道の約5.7倍になり、電気推進を作動させるための電力を得るうえで有利になる。

太陽へ近づくことには、もうひとつ重要な利点がある。「オーベルト効果」である。探査機は太陽の重力によって加速され、近日点付近で最も速くなる。この高速で飛んでいるときに進行方向へ推力を加えると、同じ速度変化量で太陽から遠い場所で加速するよりも、軌道エネルギーを大きく増やせる。

探査機は、この強い太陽光とオーベルト効果を利用しながら、太陽を何周もして加速を繰り返す。近日点付近を通過するたびに進行方向へ推力を加えることで、軌道は次第に大きくなっていく。現在の案では、この過程を約12年間にわたって続け、やがて太陽の重力に束縛された軌道を離れ、星間空間へ向かう軌道へ移る。いわば、太陽を周回するたびに少しずつ勢いを蓄えていくのだ。

こうして合計約23.97km/sの速度変化量を積み重ね、最終的には太陽に対して秒速約23.64kmで航行する、太陽系を脱出する軌道に入る。2029年に打ち上げられた場合、2043年ごろには加速を終え、その後はほぼ慣性だけでアルファ・ケンタウリへ向けた長い航海を続けることになる。

返事を期待しないボトルメッセージ

加速を終えたフェルミ・エクスプローラーは、その後、ほぼ慣性だけで飛び続ける。アルファ・ケンタウリへの最接近は、打ち上げから約7万7,500年後になる。現在のアルファ・ケンタウリは約4.4光年先にあるが、星そのものも移動しているため、探査機はその未来位置をめざして航行する。最接近するころにはアルファ・ケンタウリは太陽から現在より遠ざかっており、探査機も太陽から6光年以上離れた地点まで進む見込みだ。

また、「到着」といっても、アルファ・ケンタウリAやBのすぐそばを通過し、それらを撮影するような近接探査を行うわけではない。現在の計画では、AとBの共通重心から約2600au以内を通過することを目標としている。2600auは約3,900億km、約0.04光年に相当する。太陽系でいえば、惑星の領域をはるかに越え、オールトの雲が広がる領域に相当するほどの距離である。

そのため、フェルミ・エクスプローラーは、一般的な宇宙探査機とは異なり、カメラなどを使って目的地の天体を観測したり、そこで得た観測データを地球へ送り返したりすることを前提としていない。

  • フェルミ・エクスプローラーの想像図 (C)Fermi Explorer

    フェルミ・エクスプローラーの想像図 (C)Fermi Explorer

現在の案では、フェルミ・エクスプローラーは100~200kg級の小型宇宙機が想定されている。その中に、少なくとも1kg、10cm×10cm×10cmのペイロードを搭載することが条件となっている。具体的に何を積むかはこれから検討される。

科学ペイロードについては、電力や通信に頼らず、何万年もの航海の痕跡を物質そのものに記録しようとする装置が候補に挙がっている。たとえば、宇宙線が通過した跡を樹脂に残す飛跡検出器、長期間にわたって受けた放射線量を記録する線量計、微小な塵の衝突痕を残す金属板、星間塵の捕集を試みるエアロゲルなどだ。半減期の異なる放射性同位体を組み合わせ、航海に費やした時間を後世に読み取る「時計」とする案もある。

一方、通信については、大型の通信用アンテナを搭載しないため、比較的早い段階で地球との通信が難しくなる。さらに太陽から遠ざかれば、やがて電力も失うとみられている。7万年以上に及ぶ航海のほとんどを、地球とのつながりを絶ったまま進むことになる。

そのため、科学ペイロードの成果も、電波で地球へ送り返されるわけではない。もし遠い未来に探査機が回収され、その記録が残っていれば、機体を調べることで、数万年にわたる星間空間の環境を読み解ける可能性がある。いわば、探査機そのものを、星間空間を旅した記録媒体にしようというのだ。

さらに、ボイジャー探査機に搭載された「ゴールデン・レコード」の複製を載せるほか、芸術作品などを搭載する構想もある。また、世界各国・地域の子どもたちが、それぞれの言語で300文字のメッセージを選び、宇宙機に収める計画も掲げられている。

  • 恒星間空間を航行するフェルミ・エクスプローラーの想像図 (C)Fermi Explorer

    恒星間空間を航行するフェルミ・エクスプローラーの想像図 (C)Fermi Explorer

フェルミ・エクスプローラーがアルファ・ケンタウリへ近づくころまでには、人類の宇宙技術が飛躍的に進み、あとから出発した探査機に追い越されている可能性もある。計画側も、それを織り込み済みだ。むしろジョンストン氏は、「最初にアルファ・ケンタウリへ向けて出発し、最後に到着する探査機になってほしい」と語っている。

それでも、この計画の意味は失われない。遠い未来の技術を待つのではなく、いま手にしている技術で、まず星への旅を始める。フェルミ・エクスプローラーが実現すれば、それは人類が太陽系という岸辺から、星々の海へ踏み出す最初の一歩となるだろう。

参考文献