全日本空輸(以下、ANA)は11月17日に、総合訓練施設ツアー「ANA Blue Base Tour」の開始を発表、併せて同日に、施設「ANA Blue Base」の報道公開を実施した。「こんな施設です」という記事はあちこちにあるだろうから、本稿では別の視点から、この施設とツアーについて取り上げてみたい。

  • 「ANA Blue Base」のエントランス。施設名称は社内公募で決まった

  • 見学ツアー入口に設けられた改札機と、ナビゲーターの皆さん。頭上のディスプレイにしろ、背後の壁に「DEPARTURES」と書かれているあたりにしろ、空港ムード

ANA Blue Baseとは

そもそも、ANA Blue Baseとは何か。これは、ANAグループの総合的な訓練拠点である。これまでは、客室乗務員、運航乗務員、整備士といった分野ごとに、独立した訓練施設が設けられていた。しかし、それをひとつところに集約するとともに、充実した施設を整備した。単に施設を集約するだけでなく、さまざまな職種の訓練施設がまとまることで、自分が属している職域以外の分野に接する機会ができることも、メリットになる。

ここまではANAの「内輪の事情」だが、その新しい訓練施設を開設するに際して、「一般公開できるようにしたら」というアイデアが加わった。最初に話が出たのは2014年頃で、具体化したのが2017年、実際に施設の建設に着手したのが2018年だという。だから、訓練施設を整備するだけでなく、見学者用の施設や動線も、後付けではなく最初からそのつもりで整えられている。

  • 不時着水に備えた訓練を実施するためのプールを見学用通路から見下ろした様子。こんな風に、訓練している現場を眺められるわけだ

訓練の分野を大きく分けると、空港でチケット発券、チェックイン、手荷物の受託などを担当する「グランドスタッフ」、機体を飛ばす「運航乗務員」、機内で乗客との直接の接点となる「客室乗務員」、機体の整備点検を担当する「整備士」、そして貨物の揚搭などを担当する「グランドハンドリング」となる。

これらに対応する訓練施設のうち、グランドスタッフ向けの訓練施設だけは2階にあるが、その他はすべて1階にあり、2階まで吹き抜けの大きな空間が確保されている。それを3階に設けられた見学者用通路から、ガラス越しに見学することになる。なお、訓練施設の見学エリアは撮影禁止で、カメラ、カメラ付き携帯電話、スマートフォンの類は、見学通路の起点にあるロッカーに預けるようになっている。

  • キャビン・モックアップは機種ごとにある。左手にある787のモックアップはモーション機能付きで、乱気流に遭ったときの揺れなどを再現できる。左手奥にある737のモックアップだけは、退役した機体の胴体を持ってきたホンモノ

なぜ一般公開に踏み切ったのか

ANAに限らず、機体整備工場の見学会を開催する事例なら、もうずいぶんと前からあった。筆者も30年ぐらい前に、ANAの機体工場見学に参加した経験がある。

しかし、訓練施設を一般に見せる事例は、少なくとも日本のエアラインでは初めてのこととなる。もちろん、社員のプライバシーに対する配慮や、企業としてのノウハウ、そしてセキュリティに関わる部分もあるだろうから、見学エリアでは撮影はできない。それでも、一般向けのツアーを開催する意味は大きい。

わりと見過ごされがちな話だが、旅客機の客室乗務員は、サービス要員であると同時に、運航の安全に関わる保安要員・安全要員でもある。では、そのためにどういう訓練を実施しているのか。書籍や雑誌、テレビ番組で紹介されることはあっても、その現場を部外者が生で見る機会は、これまで存在しなかったといってよい。

機体整備にしても、単に訓練施設を見せるだけでなく、間違いを起こさないためにこんな工夫をしている、という話がきちんと紹介されている。飛行の安全に関わるさまざまな規定やノウハウは、過去の経験の積み重ねによって得られてきたひとつの財産だが、それを実地に見ることは、他の業種にとっても役立つことであるかも知れない。

そしてもちろん、運航乗務員、客室乗務員、整備士といった仕事を目指す人に向けた情報提供、という意味合いもある。たとえば「CAになりたいなぁ」と思ったときに、そこで何が求められて、どういう訓練を積むことになるのか、実際にCAの仕事に就いた後のステップアップはどうなるのか。そういう情報も用意されている。

  • 訓練施設の見学だけでなく、こういった具合に、個々の職種に関する解説も用意されている

実は、ANA Blue Base Tourの案内を担当するナビゲーターは、外部スタッフではなく現役の社員である。まず客室乗務員が担当する態勢でスタートするが、なにしろ現役の客室乗務員だから、ナビゲーターに専念するわけではなくて、乗務もする。つまりホンモノである。そして、将来は他の職種の社員が加わる可能性もあるらしい。さまざまな職種からナビゲーターが出てくれば、それぞれの職種に関わる生の話を聞けるかもしれない。

また、訓練を受ける社員の立場からすると、訓練している現場を「見られる」ことになる。それがまた、ひとつの緊張感やモチベーションにつながるのではないか、という話にもなる。