
イラン戦争が経済に与える影響は?
─ イラン戦争など地政学リスクが高い状況が続きます。これが足元堅調な経済の先行きにどう響いてくるか、見通しを聞かせて下さい。
加藤 下振れリスクをどう見るかははっきりとわからない中ですが、まず2025年を振り返ると、米国の「トランプ関税」などがありましたが、その米国のAI(人工知能)関連の投資は実現し、経済は総じて上向きに動いており、これは26年も継続すると見通すことができると思っています。26年の世界のGDP(国内総生産)成長率は3.2%とまずますの数字です。
その意味では、先程の地政学的な問題以外では、米国経済は堅調だということが世界、特に日本経済にプラスに影響してきます。財政政策を見ても減税を予定していることも経済にはプラスで、26年の追い風の1つになっていると思います。
─ 日本経済の状況をどう見ていますか。
加藤 日本の25年の様々な数値を見ると、例えば設備投資が50兆円を超えて過去最高であったり、M&A(企業の合併・買収)が5000件を超えたということを見ると、企業経営者がポジティブに動いてきたということですから、総じて順調に来ています。
ただ、イラン戦争を始めとする中東情勢がどうなるか。仮に短期的に終わるとすると、その間の下振れはあるものの、戦争が2カ月から3カ月未満であれば、今の基調で行くと思います。
それ以上の期間になると、中東依存の強いアジア諸国への影響が大きい。日本は石油の備蓄が250日あるとなっていますが、アジアではマレーシア、インドネシアという産出国を除くと、総じて2カ月から3カ月しか備蓄がないという事実があります。
つまり戦争が長期的になると日本のみならずアジアにおいて、厳しい状況が発現してくる可能性があるということは懸念材料だと思います。
─ 不況下の物価高(スタグフレーション)の懸念も言われますが。
加藤 可能性はあると思います。コストプッシュインフレで物価が上がっており、モノが売れなくなることによる景気の悪化が起きるということはあり得ると思います。
中長期的に「一般事業持株会社」への移行も
─ 様々なリスクが横たわる中での全国銀行協会会長の就任ですが、どういったことに取り組もうと考えていますか。
加藤 活動方針として「日本経済の潜在力解放に向け、変革への挑戦を力強く後押しする1年」を掲げています。先ほどお話したように非常にボラタイル(変動が激しい)な環境の中で、日本経済はしっかりと力強さを取り戻していくと思います。
そして、「資産運用立国」の方針の下、2000兆円を超える家計資産のうち、預貯金の比率が50%を下回るなど、投資に向かって動いており、非常に力強さがあります。
ただ、その力強さをグローバルにアピールできているかといいうと、必ずしもそうではないと思っています。25年の数字で名目GDPがインドに抜かれて5位に落ちる見通しですし、様々な市場で国際競争上の地位が落ちています。やはり「失われた30年」はダメージが大きかったということだと思います。
その意味では転換期だと思っています。力強い経済、家計の豊かさを使い、日本を成長軌道に乗せていく時だと思っており、それを金融の力で後押ししていきたいと考えています。
─ 企業の姿勢が前向きだということですが、成長を志向する企業を銀行としてどう支えていきますか。
加藤 我々銀行は、これまでもしっかりと成長支援をしてきていると認識していますが、高市早苗首相の政策が17の戦略分野への投資をしっかり進めていこうという形で打ち出されていることは非常に元気づけられることです。
企業としても、成長に資するような融資が必要になってくると思いますから、銀行自らがリスクテイク力を高めることが大事ですが、それだけでは十分ではないかもしれません。
つまり、間接金融だけではなく、ボリューム的に様々なタイプのリスクテイクをしなければいけないとなった時には、銀行以外の様々な金融仲介プレイヤーと連携しながら、成長投資を支えていくという座組が必要になってくると思っています。
─ 全銀協は26年3月に「中長期的な金融仲介の在り方検討ワーキンググループ」の報告書を公表し、中長期の課題として、将来的に製造業やサービス業と同じ「一般事業持ち株会社」への移行を検討するという提言を出していますが、会長としてどう取り組みますか。
加藤 銀行グループの一般事業持ち株会社化は、中長期的な選択肢の1つとしてはあると思います。今は一般事業会社が金融を手掛けることができる一方、その反対はできません。イコールフッティング(同等の条件)ではないということは、いつか解消しなければいけない問題だと思います。
ただ、先程「中長期的」と申し上げたのは、今の状態でもまだまだできることはあると思っているからです。例えば投資専門会社をつくることで、業務を拡充する余地があるのではないかと思っています。まずは今の枠組みの中で、あるいは投資専門会社の拡充で、日本経済を後押しする力を発揮していくのが、今の我々のスタンスです。
─ こうした議論ができるようになったのは「金利ある世界」が定着し、企業の事業環境がよくなっていることの表れと言えるかもしれませんね。
加藤 ええ。私が3年前に全銀協会長を務めた時は、まさに「失われた30年」から「金利ある世界」に入っていく時でしたが、3年経って実際に金利が定着しました。これは経済が順回転してきた成果だと思うんです。ですから今後も成長戦略を描く企業などを支えていきます。
一方で、そうした流れに乗り切れない企業さんへの対応にも取り組まなければいけません。それに対してはM&Aや事業承継、事業からの撤退についても、銀行として金融面のみならず、コンサルティング力を生かしてやっていく必要があります。
個人についても同様で、金利がある世界において「人生100年時代」と言われますが、孫の世代までしっかり資産形成をやっていく必要がありますし、NISA(少額投資非課税制度)など政府の後押しもあります。それを後方支援していくというのは銀行としての1つのやり方だと思います。
もう1つ、大切なことは国民の「金融リテラシー」の向上を支援していくことです。これはJ―FLEC(金融経済教育推進機構)とも連携しながら進めていきます。
─ 国民の間で資産形成はかなり定着してきましたが、銀行業界として今後さらに取り組むべきことは?
加藤 27年に開始予定の「こどもNISA」や、iDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充は規制緩和要望の中で実現したものですから、引き続き国民の資産形成に資するような規制緩和について、業界として働きかけていくということは1つ大きくあると思っています。
また、いま申し上げた金融リテラシーの向上では、各金融機関がもっとJ―FLECと連携しやすくなるような仕組みづくりは、全銀協として取り組むべきテーマではないかと思います。
新たな決済手段にどう対応するか
─ 活動の柱の1つとして、「信頼性と利便性を両立した金融インフラの革新と実装」を掲げていますが、「全銀システム」の刷新など、デジタル時代に対応したシステムの構築なども課題になりますね。
加藤 今、デジタルは大きな流れの1つです。銀行業界ではAIの社会実装が至る所で起きると思うんです。海外ではすでに「ステーブルコイン」や「トークン化預金」といったデジタルアセットの実装が進んでおり、日本でどういう形で進めていくかは考えなければなりません。
こうした流れを押さえるとなると、今おっしゃっていただいた全銀システムは堅牢ではあるものの、アーキテクチャが古いので、新しい技術に対応するのに時間、コストがかかります。
国際標準の変化においても然りです。今後、その部分をしっかり変えていくということです。それによって日本の国際競争力の向上などに資するシステムにすることを目指していかなければいけません。
その方向性について、26年3月に全国銀行資金決済ネットワークのスタディグループの検討をとりまとめた報告書を公表させていただきましたが、その意見を踏まえながら、どういったシステムにしていくか、安全性をどうしていくかを検討し、見極める年になると思っています。
─ ステーブルコインについては3メガバンクが発行に向けて動いていますが、その可能性をどう見ていますか。
加藤 テクノロジーについては海外で実証されていますから、日本も社会実装に向けて前向きに取り組む必要があると思っています。
ただ、海外で導入できたから日本でも入るかというと、必ずしもそうではないと思っています。例えば、ステーブルコインのBtoCにおいては、そのベースとなる運用利回りが、海外と日本とでは違っており、なかなかビジネスモデルができづらいという面があります。
また、新興国では自国通貨よりもドルベースのステーブルコインの方が安心感があるということも日本とは状況が異なります。そうしたユースケースを考えながら取り組む必要があると思っています。
もう1つ考えなければいけないのは、あくまで決済ツールだということです。日本には元々、口座振替という皆様に安心感を持っていただいている仕組みがありますし、QRコード決済もあります。そこにステーブルコインでの決済が入ることで社会インフラコストが上がりますから、それに適うような使われ方をするのかどうか。様々なツールがある中で、どう棲み分けられていくのかは1つの論点になってくると思います。
AIの社会実装をどう進める?
─ AIは産業界に浸透していますが、その可能性についてどう捉えていますか。
加藤 AIは間違いなく社会実装されると思っており、日本の金融機関としてもしっかり取り組む必要があると思っています。すでに各金融機関で報告書や稟議の自動化、コールセンターの効率化などが進んでいると思います。
また、高度化については膨大なデータをAIに読み込ませることで与信判断を行ったり、不正の検知については抽出検査だったものを全量検査ができるといったことも進められています。
一方、海外を見ると、すでに一部で対顧客業務での活用がスタートしています。日本でも対顧客業務でAIが徐々に登場してきて、お客様に対しても効率化、高度化を提供していくことになると思います。
ただ、AIの不正等について、業務でどう抑えていくかが大事になります。全銀協としても、AIを業務に使う際の留意点や潮流について周知を図ることも必要だと考えています。
─ 高市政権は「強い経済」、「強い日本」を目指していますが、どう期待しますか。
加藤 高市首相ご自身の経済に対する強い思いには勇気づけられます。安定政権ということもあり、政策が継続されるということは、経済人から見ると長期にわたる投資への不安感が払拭されるということで、非常にいいことだと思います。
今回、「責任ある積極財政」を打ち出されていますが、そうした官の資金を呼び水に、それに応える形で民間も投資をし、日本にビジネスをつくる、海外のビジネスや投資家を呼び込むことで、日本経済を強くするという流れが実現することに大いに期待をしています。