ANAが保有するボーイング787のうち、機首の側面に「787」と大書したスペシャル・マーキング機がいなくなる、というので話題になっていた。ということで、本連載でも今回から、外部塗装について書いてみよう。

  • 「787」と大書したスペシャル・マーキング機の例。このJA818Aは、最後まで残っていた「787」塗装機だった 撮影:井上孝司

    「787」と大書したスペシャル・マーキング機の例。このJA818Aは、最後まで残っていた「787」塗装機だった

スペシャル・マーキングいろいろ

ANAが導入しているボーイング787のうち、当初の25機がスペシャル・マーキング機の対象であり、1号機(JA801A)と2号機(JA802A)は全面特別塗装、その後の23機は機首側面に「787」と書いていた。

機体のモデル名を大書するのは、「新機種導入」をアピールする狙いがあるからで、ANAは777導入時にも垂直尾翼に「ANA」ではなく「777」と書いた機体を飛ばしていたことがある。

  • ANAの787一号機(JA801A)。現在はノーマル塗装に塗り替えられている

    ANAの787一号機(JA801A)。現在はノーマル塗装に塗り替えられている

  • ANAは777でも、尾翼に「777」と大書した機体を飛ばしていたことがあった

    ANAは777でも、尾翼に「777」と大書した機体を飛ばしていたことがあった

ANA以外では、台湾のエバー航空も機首側面に「787」と書いた機体を飛ばしている。また、JALのA350-900のうち1~3号機も、後部胴体側面に「AIRBUS A350」と大書している。

もっとも、スペシャル・マーキング機というとなじみ深いのは、こういうケースよりもむしろ、何かイベントやキャンペーンに合わせて登場させるものではないだろうか。今なら、東京五輪特別塗装機なんていうのが飛んでいるが、それ以外にもいろいろある。

このほか、アライアンス(航空連合)の名前を大書した機体もある。変わったところでは、メーカーの社有機で使われている塗装がエアラインに気に入られてしまい、「うちもそれで」となるケースがある。日本では東亜国内航空のA300が著名だが、今だとチャイナエアラインの777に「ボーイング・ハウスカラー機」がいる。

  • チャイナエアラインの777-300ER「ボーイング・ハウスカラー」(B-18007)。中部国際空港の「Flight of Dreams」にいる787初号機と見比べてみよう

    チャイナエアラインの777-300ER「ボーイング・ハウスカラー」(B-18007)。中部国際空港の「Flight of Dreams」にいる787初号機と見比べてみよう

さて。こうしたスペシャル・マーキング機にしろ、通常塗装にしろ、飛行機の外部塗装はどうやって実現しているのだろうか。

スプレーガンが基本

そもそも、何のために飛行機の表面に塗装をするのか。それは見てくれの問題だけではなくて、機体の保護という理由もある。機体構造を構成する金属材が腐食すると具合が悪いから、塗装によって保護する。その辺の事情は、自動車や鉄道車両とも共通している。

飛行機で使用する塗料の例として、ポリウレタン樹脂塗料がある。ポリウレタン樹脂が塗料のベースになる素材で、そこに顔料を混ぜて着色して、溶剤を用いて液体にする。溶剤が乾燥すると、塗料が固着する。

なにしろ運用環境が過酷だから、塗膜が強靱で耐候性に優れた塗料でなければ困ってしまう。防衛省の仕様書にある「航空機用蛍光塗料」なる項目を見ると、耐候性については「200時間試験して、塗膜に異常が認められないこと」なんて条件が付けられていた。

まず、航空機は運用する温度範囲が広い。地上なら40度を超えることもあるが、いったん離陸して成層圏まで舞い上がれば氷点下50度ぐらいまで下がってしまう。しかも、機内を与圧していれば外板が伸縮するから、それによって塗装が割れてしまうようでは困る。固着するといっても、多少の柔軟性が欲しいわけだ。そして、上空に上がれば強い紫外線にもさらされる。

ともあれ、その塗料をいきなり塗るわけではなくて、まず下塗りを行う。使用するのはプライマーと呼ばれる一種の下地で、金属に対する付着性が優れていることが求められる。いってみれば化粧下地みたいなものか?

プライマーの塗装が終わったら、その上に本番の塗装を行う。ボーイング747は、全面の再塗装に600リットル(200kg)の塗料を使うというが、もちろん塗装パターンによって数字は違ってくる。こみ入った図柄のスペシャル・マーキング機になれば当然、使用する塗料も増えると思われる。現に、747より小さい787-10でも、KLM向けの初号機でスペシャル・マーキングを施す際には570リットルの塗料を使ったという。

このほか、作動油に接する可能性があるところでは作動油に強い塗装、静電気や雷の影響が考えられる時は帯電防止塗装、といった具合に、部位によってさまざまな塗料が用いられる。

飛行機だからといって、スペシャルな方法で塗装しているかというと、そういうわけでもなくて、スプレーガンを使用している。細かいところの仕上げや微調整だと、人手で小さな刷毛を使うこともある。

ちなみに、スプレーといっても複数の種類がある。最初に登場したのは、塗料を圧縮空気で微細化して吹き付けるエアスプレー。次に、塗料に直接、高圧空気を加えて噴射させるエアレススプレーが登場した。

また、スプレーガンと塗装対象物に電極をつなぎ、塗料の粒子に静電気を帯びさせる静電塗装という手法がある。これとエアレススプレーを組み合わせた静電エアレススプレーもある。静電塗装は飛散が少なく、定着性が良い利点がある。

人間が手作業でガンやローラーを操作する代わりに、ロボットを使用することもある。筆者がフォートワースの工場で実際に見たところだと、F-35の外部塗装にはロボットを使用していた。機体の組み立てにも塗装にも高い精度の仕事が求められるのが、ステルス機である。

大きな機体になると、表面積も相当な大きさになるので、塗装の厚みも無視できない要素になる。むやみに厚く塗り重ねると、それだけで機体が重たくなってしまう。当然、塗り替えの際には単純に塗り重ねるのではなく、既存の塗装をいったんリムーバーで剥がしてから実施する。塗装を外した後で、腐食部分の処理を行うのは当然のこと。

こうした作業を露天で行うわけにはいかないので、塗装作業に際しては専用の「ペイントハンガー」と呼ばれる建屋を使用する。だから、そのペイントハンガーに収容できる規模の機体しか塗装できないことになる。ペイントハンガーのサイズが足りないと、もっと大きなペイントハンガーがある別の場所まで、機体をフェリーしなければならない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。