ANAは11月6日に、商業規模のSAF(Sustainable Aviation Fuel)を用いた初のフライトを実施した。羽田からヒューストンに向かう114便(NH114)で、機材はボーイング787-9である。

  • ANAが実施した米国ワシントン州のエバレットから羽田への新造機デリバリーフライト時の給油の様子 写真:ANA

    ANAが実施した米国ワシントン州のエバレットから羽田への新造機デリバリーフライト時の給油の様子 資料:ANA

  • SAFが運ばれる流れ。SAFはタンクで静置後、航空燃料パイプラインで輸送される 資料:成田国際空港

    SAFが運ばれる流れ。SAFはタンクで静置後、航空燃料パイプラインで輸送される 資料:成田国際空港

石油由来ではないジェット燃料

今回、ANAが使用した燃料はフィンランドのNESTEという会社から調達したもの。NESTEは、石油精製、天然ガス採掘、石油化学製品の生産、再生可能エネルギー事業、バイオ燃料事業などを手掛けている会社だ。SAFの分野では、フィンエアー、KLM、ルフトハンザへの供給も実施しているが、アジアのエアラインではANAが初めてとなる。

普通、ジェット燃料は原油を精製して取り出したケロシン成分(石油ストーブで使われている灯油と同じもの)に、添加剤を加えて所定の仕様に合ったものを製造している。それに対して、持続可能(sustainable )あるいは再生可能(renewable)と題する燃料もあるが、これらは原油を原料としていない。これが注目を集めている理由は、例の「温室効果ガス排出削減」との絡みである。

石油製品とは炭化水素化合物の集合体だ。だから、石油製品と同じ炭化水素化合物ができるのであれば、素材は極端な話、なんでも良いという理屈だ(実際にはそんな単純な話でもないが)。

よく知られているのはバイオ燃料、すなわち生物を素材とする燃料である。広義のバイオ燃料ということなら、穀類などを発酵させて作るアルコール燃料も対象に含めることができるが、航空業界でいうバイオ燃料ではアルコールは含まない。あくまで「生物を素材として作られた、化石系のジェット燃料と同じ成分・性状を持つもの」である。

バイオ燃料以外では廃油から製造する燃料油もあり、ディーゼル・エンジン用の軽油相当品を製造した事例がある。NESTEのブローシャを見ると、同社のジェット燃料(Neste MY Renewable Jet Fuel)は、「廃棄物や残留物を100%使用しており、代替ジェット燃料に関する規格(ASTM D7566)の要件を満たしている」という。

規格番号が出てきたついでに解説すると、ASTM D7566では以下の5種類の燃料について規定している。

  • Annex 1: FT(Fischer-Tropsch)法で精製する合成パラフィン・ケロシン(FT-SPK)
  • Annex 2: 植物油などに対して水素処理を行って精製する合成パラフィン・ケロシン(Bio-SPKまたはHEFA)
  • Annex 3: 発酵水素化処理糖類に由来するイソ・パラフィン(SIP)
  • Annex 4: 非化石資源由来の芳香族をアルキル化した合成ケロシン(SPK/A)
  • Annex 5: アルコール・ジェット由来の合成パラフィン・ケロシン(ATJ-SPK)

これらのうち、FT法はだいぶ前に米空軍が天然ガスから合成したジェット燃料を試用する場面で登場したことがあるが、最近ではあまり聞かれない。

バイオ燃料の素材とは

廃油なら、もともと油脂分だから理解しやすい。ではバイオ燃料はどうなっているのだろうか。実は、油脂分を多く含む藻類などを原料とするのが一般的だ。そのバイオ燃料が、どうして温室効果ガス排出削減と関係するのか。

素材が生物由来であっても、化学的な組成は通常のジェット燃料と同じだから、二酸化炭素の排出量は同じである。しかし、バイオ燃料の原料になる藻類などの植物は、育つ過程で光合成を行っている。そこで二酸化炭素を吸収している分だけ、トータルでは二酸化炭素の排出が減る、という理屈だそうだ。うまいこと丸め込まれたような気がするが、それはそれとして。

ANAホールディングスは、今回の件とは別口で、ユーグレナとも資本提携している。ユーグレナという社名は、ミドリムシの和名に由来する。ミドリムシというと昆虫みたいだが、実際にはミジンコのように動きながら光合成を行う「微細藻類」に属する。

そのユーグレナは横浜市鶴見区に中央研究所とバイオ燃料製造実証プラントを置いている。ここで、日産5バレル(約800リットル)のペースでバイオジェット燃料やバイオディーゼル燃料を製造して、ジェットエンジンやディーゼルエンジンで、実証試験を行う計画になっている。

藻類から油脂分を抽出しても、そのままではジェット燃料として使えないから、処理・精製のプロセスを介する必要がある。これについては2015年6月に、アメリカのChevron Lummus Global & Applied Research Associatesと、ライセンス契約ならびにエンジニアリング契約を締結している。こちらの燃料も、ASTM D7566の要件を満たしている。

ユーグレナでは三重県の多気市に培養実証施設を設けており、そこの燃料用微細藻類培養プールで製造(?)する。たとえバイオ燃料向きの原材料が見つかったとしても、大量生産・安定供給が難しいのでは使えない。もちろん、コストが極端に高くなってしまっても商業的に成立しないから普及しない。この辺が、商業的にモノにするためのハードルとなる。

その代わり、国内で原材料を確保できれば、石油を外国から輸入することに伴う価格変動・為替変動・供給不安定といった問題を回避しやすくなるし、外貨を使わずに済む。

ブレンドから100%へ

石油以外の原料を使用する代替ジェット燃料と、石油を精製して作るジェット燃料が、同じ化学的組成、同じ性質を備えていないと代替品にならない。ちなみに、「手を加えなくても代替品として使えます」という意味の英語は「ドロップ・イン」という。

なお、現時点ではこの手の再生可能燃料「だけ」を使用するのではなく、石油ベースのジェット燃料とブレンドして使用することになっている。Neste MY Renewable Jet Fuelの場合、最大50%までブレンドできる。

しかしロールス・ロイスでは、SAFだけを使ってエンジンを試運転する計画を進めている。同社の試験で使用するSAFは、全日空のそれとは供給元が異なり、カリフォルニア州パラマウント市に拠点を置くワールド・エナジーが製造する。ロールス・ロイスの説明では、既存のジェット燃料と比較したときに、ライフサイクルにおける正味CO2排出量を75%以上削減する可能性があるという。

注意したいのは「ライフサイクルにおいて」というところで、これを燃焼させた時のCO2排出量が75%減るわけではない。使用する燃料の量が同じなら、CO2排出量は同じである。冒頭で取り上げたバイオ燃料と同様に、製造工程を通じて相殺される分があるから75%減る見込み、という理屈だ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。