東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は6月8日、宇宙誕生から1秒後に生成されたと考えられている未知の素粒子である軽い「アクシオン」からなる「宇宙背景アクシオン」(CaB)に対する、現在実施中および計画準備中のアクシオン探索実験の感度を理論的に調査した結果、それらが捉えたデータの解析手法を工夫することで、CaBからの信号を捉えることが可能であるとの結論を得たことを発表した。

同成果は、Kavli IPMUの村山斉主任研究者(米・カリフォルニア大学バークレー校マックアダムス冠教授兼任、Kavli IPMU初代機構長)、カリフォルニア大バークレー校のJeff Dror博士研究員(現・カリフォルニア大サンタクルーズ校所属博士研究員)、同・Nicholas Rodd博士研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学専門誌「Physical Review D」に掲載された。

我々の宇宙は、70%前後がダークエネルギー、25%前後がダークマター、そして5%弱が我々の身体や星々などを形作る通常の物質で構成されるとされている(3要素のうち、ダークエネルギーとダークマターの割合は研究によって若干ばらつきがある)。このうち、圧倒的な割合を占めるダークエネルギーを除き、物質だけを見てみた場合、約85%は未知のダークマターが占めていると考えられている。

ダークマターは、現在の観測技術ではどのような性質を持った素粒子なのか詳細は不明となっている。しかし、宇宙が誕生して、まずダークマターが集まり、その重力で通常物質の水素やヘリウムなどが集まったことで星が誕生し、さらに銀河も誕生、宇宙の大規模構造にもつながっていったと考えられている。

このように重要な存在であるため、長らく探索が続けられてているが、さまざまな候補が観測や実験の結果から否定され、次々と消えていった。ただし、そうした中にも可能性が残る素粒子も存在しており、近年、ダークマター候補として注目されているのがアクシオンだという。理論的に存在が予言されていながら、ダークマター同様に未発見の素粒子であり、そのことから米国を中心にアクシオン探索が活発化している。

アクシオンは、中性子の「電気双極子能率」がまだ測定されていないことから知られる、素粒子標準模型の理論と実験の矛盾の1つである「強いCP問題」を解決する素粒子と考えられている。素粒子標準理論において、4つの力のうちの強い力と弱い力の両方で「CP対称性の破れ」が起きるとされるが、弱い力のみしかCP対称性の破れが観測されておらず、その理論と観測の矛盾が強いCP問題と呼ばれている。

またアクシオンは、一般相対性理論と量子力学を融合させた量子重力理論の1つとして、その完成が期待されている超弦理論(超ひも理論)においてもその存在が予言されている。超弦理論において予言されているアクシオンは、“質量の軽い”アクシオンではないかとされている。

もしアクシオンが発見されれば、宇宙の極初期にまで迫れる可能性もあるという。というのも軽いアクシオンは宇宙の誕生からわずか1秒後という、宇宙の初期も初期、光子よりも早い段階で大量に生成された可能性があると考えられているからだ。

このときに大量生成されたアクシオンは、宇宙背景アクシオン(CaB)と呼ばれ、現在でもまだ残っている可能性がある。つまり、現在の宇宙のどこかをアクシオンが漂っており、そのエネルギー密度を観測できるかもしれないのだ。CaBを観測することができれば、宇宙誕生から1秒後という非常に初期の段階の情報まで得られるかもしれないのである。

そうした中、村山主任研究者らによって今回、現在実施中および実施に向けて計画準備中のアクシオン・ダークマター探索実験において、機器の感度をどのぐらい高めれば、CaBからの信号を捉えることができるのかという点について、理論的に調査がなされた。

なお、実施中の実験には、米・ワシントン大学や米・ローレンス・リバモア国立研究所による「ADMX」(The Axion Dark Matter eXperiment)や、米・イェール大などによる「HAYSTAC」(The Haloscope at Yale Sensitive To Axion CDM)などがある。

また準備中の計画には、米・SLAC国立加速器研究所や米・スタンフォード大学などの「DMRadio」(The Dark Matter Radio)、米・マサチューセッツ工科大学などの「ABRACADABRA」(A Broadband/Resonant Approach to Cosmic Axion Detection with an Amplifying B-field Ring Apparatus)、仏・CEA-IRFUや独・DESYなどの「MADMAX」(The MAgnetized Disc and Mirror Axion eXperiment)などがある。

現時点では、これらほとんどのアクシオン探索実験において、CaBからの信号はノイズとして扱われてしまう可能性があるという。そのため、村山主任研究者らはデータ解析手法を改善する必要性があるとしている。CaBからの信号を捉えることができれば、アクシオンそのものの発見にもつながり得るとする。

またCaBからの信号がどのような種類かで、どのような生成過程を経て生まれたアクシオンなのかが明らかとなるという。それにより、宇宙初期のインフレーション、相転移など、さまざまな側面から宇宙進化の謎を解明することにつながる情報も期待されるという。

なお、今回の発表に対しすでに興味を示しているアクシオン・ダークマター探索の実験チームもあるとのことである。また、現在実施中の実験でこれまでに得られたデータについても、データ解析手法を改善した上で再度解析を行えば、初期宇宙について、これまでは得られなかった情報を得られるかもしれないともしている。

  • アクシオン

    左の縦軸は宇宙におけるアクシオンの残存密度が、横軸はアクシオンのエネルギーが示されている。CaBの形態の違いは、エネルギーと残存密度の関数として表すことが可能だという。グラフ中の赤の破線は、「宇宙ひも」、「正規分布」、「ダークマターの崩壊」、「熱的」という4つの異なるアクシオンの起源(生成シナリオ)を示したものだ。どの形態の背景アクシオンを捉えるかによって、宇宙のどのような疑問に答えることができるかも示されている(答えとなる問い) (c) Dror et al. / Kavli IPMU (出所:Kavli IPMUプレスリリースPDF)