東京大学宇宙線研究所などは2021年5月28日、超大型水チェレンコフ観測装置「ハイパーカミオカンデ」を着工したと発表した。

実験開始は2027年の予定。ニュートリノの質量の発見を成し遂げ、2015年のノーベル物理学賞の受賞につながった「スーパーカミオカンデ」の後継装置にあたり、これまでにないほど高い精密、そして大規模な研究を行うことを可能としている。その性能を活かし、この宇宙や物質すべての理にまつわる謎の解明に挑む。

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    ハイパーカミオカンデのイラスト (C) ハイパーカミオカンデ研究グループ

ニュートリノとカミオカンデ

ハイパーカミオカンデ(Hyper-Kamiokande)は、東京大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が中心となり、世界19か国の研究機関が協力して計画を進めている超大型水チェレンコフ観測装置である。

観測するのは「ニュートリノ」と呼ばれる「素粒子」である。この宇宙にあるすべての物質は、素粒子という目には見えないきわめて小さな粒子から構成されており、ニュートリノはその素粒子の仲間のひとつである。

ニュートリノは太陽活動や超新星爆発、原子炉などから多数出ており、私たちの体を光の速さで、1秒間に数百兆個も突き抜けている。しかし、ニュートリノは電荷をもたないことから、他の物質とほとんど反応することはない。そのため、私たちは何も感じられないどころか、観測も非常に難しい。ニュートリノの概念は1930年には考え出されていたが、その性質は長い間謎に包まれていた。

その後、1950年には原子炉から出るニュートリノを、1970年代には太陽からのニュートリノの観測に成功した。そして1987年には、故・小柴昌俊氏らが開発したニュートリノ観測装置「カミオカンデ」によって、超新星爆発からのニュートリノの観測に成功。これによりニュートリノで宇宙を観測する「ニュートリノ天文学」という学問の幕が開き、その成果が讃えられ、2002年には小柴氏らにノーベル物理学賞が贈られた。

さらに1996年には、カミオカンデからやや離れたところに、「スーパーカミオカンデ」という新しい観測装置が完成。それまでニュートリノは質量をもたないと考えられていたが、梶田隆章氏らの研究の結果、ニュートリノが質量をもつことを示す「ニュートリノ振動」という現象を発見。梶田氏らはこの功績から、2015年のノーベル物理学賞を受賞した。

しかし、ニュートリノそのものに関する謎はまだまだ尽きないうえに、ニュートリノを使って宇宙を観測するニュートリノ天文学はますます重要性を帯びてきている。そこで、スーパーカミオカンデよりもさらに高性能な観測装置として、ハイパーカミオカンデが開発されることになった。

ハイパーカミオカンデ

ハイパーカミオカンデが建設されるのは、岐阜県飛騨市神岡町の旧神岡鉱山内である。やや離れた同じ山中には、カミオカンデ(現在のカムランド)、スーパーカミオカンデもあり、また重力波望遠鏡「KAGRA」も位置している。この山中は岩盤が硬く、温度などの環境が安定していることが、それぞれの観測装置にとって大きなメリットとなっている。

ハイパーカミオカンデは、この山中の地下約650mに、直径68m、高さ71mという広大な円筒形の空洞を掘り、そこに水槽を設置。その中に約26万tもの、超純水と呼ばれるきわめて純粋な水を入れ、そして水槽の壁面に「光電子増倍管」と呼ばれる光を検出するセンサーを設置することで造られる。

ニュートリノや、「陽子崩壊」という現象(詳しくは後述)から生じる荷電粒子が水槽内の水と衝突すると、チェレンコフ光という微弱な光が発生する。この光を光電子増倍管で捉えることで、ニュートリノや陽子崩壊の検出、識別、エネルギーや位置の測定を行う。

検出の原理自体は、カミオカンデ、スーパーカミオカンデでも共通しているが、ハイパーカミオカンデでは、これまで日本がつちかってきた高い実験技術にくわえ、体積はスーパーカミオカンデの約10倍になる。さらに光センサーも新型になり、光の検出効率、光量の測定精度、時間の測定精度といった基本的な性能がどれも約2倍程度まで向上し、さらに体積が大きくなったことも相まって、設置数も1万1000本から4万本へと大きく増える。

これにより、これまでにないほど高い精密、そして大規模な研究を行うことができ、実験チームによると「スーパーカミオカンデの100年分のデータが、ハイパーカミオカンデでは約10年で得られる」という。

ハイパーカミオカンデは、2019年度の補正予算成立により2020年2月に正式に計画が開始。2020年度中には、総長96mの新設調査坑道と総長725mのボーリングの掘削を行い、岩盤の状態を詳しく確認する大規模な調査が行われたほか、工事の拠点となるヤードの建設が行われた。

そして、今年5月6日には工事用トンネルの掘削が開始。トンネル工事は今年度いっぱい続く予定で、2022年度からいよいよ空洞の掘削が始まり、完了後は水槽の建設や光センサーの取り付け、そして超純水の注水などを行う。

また、新型光センサーは2020年度から製造が始まっており、現在は安全に長期間安定して使用するための確認と性能測定を行っている段階だという。

工事の完了、光センサーの製造完了はそれぞれ6年後の予定で、2027年度からの実験開始を目指している。

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    地質調査の様子 (C) ハイパーカミオカンデ研究グループ

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    トンネル採掘の様子 (C) ハイパーカミオカンデ研究グループ

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    新型光センサー (C) ハイパーカミオカンデ研究グループ

着工にあたり、ハイパーカミオカンデ実験代表者の塩澤眞人教授は「ハイパーカミオカンデの構想は1998年ごろに立ち上がり、もう20年以上経っています。なかなか予算がつかず苦労しましたが、計画が現実的になり、国内外の研究メンバーも増え、今回着工できたのは大きな達成感があります」と述べた。

そして「これから大事なのは、計画どおりに建設をしっかり進め、装置の性能をしっかり出すこと。建設を無事に終わらせ、いいサイエンスの研究成果を出していきたいです。早くデータが見られることを楽しみにしています」と期待を述べた。

また、「米国ではすでに、『DUNE』というハイパーカミオカンデに似た研究、実験計画が進んでいます。ハイパーカミオカンデより3年早く予算が成立し、建設が始まっていますが、科学の成果は私たちのほうが先に出せるよう、負けないように目指していきます」と、意気込みを語った。

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    記者会見するハイパーカミオカンデ実験代表者の塩澤眞人教授 (C) 東京大学宇宙線研究所