米国航空宇宙局(NASA)は2021年1月17日(日本時間)、有人月探査計画「アルテミス」で使う巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」のエンジン燃焼試験を実施した。

試験はミシシッピ州にあるNASAジョン・C・ステニス宇宙センターで行われた。燃焼時間は約8分間の予定だったが、約1分でエンジンが停止。今年末に予定されている初飛行や、2024年の有人月着陸の実現に黄色信号が灯った。

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    燃焼試験を行うSLSの4基の第1段エンジン。燃焼時間は約8分間(485秒間)の予定だったが、何らかの問題が起き、燃焼開始から67.2秒後にコンピューターが自動でエンジンを停止させた (C) NASA

スペース・ローンチ・システム(SLS)

スペース・ローンチ・システム(SLS:Space Launch System)はNASAとボーイングが開発している巨大ロケットで、アポロ計画以来となる有人月探査計画「アルテミス」の実現や、月周回有人拠点「ゲートウェイ(Getaway)」の建設、そして2030年代に予定されている有人火星探査を実現するための、重要な使命を背負っている。

全長は約111.3m、直径は8.4mで、22階建てのビルに相当する。地球低軌道に約100t、月に向けては約30tもの打ち上げ能力をもち、かつて人類を月に送った「サターンV」を現代に蘇らせたようなロケットである。

SLSは2段式で、第1段はコア・ステージと呼び、その上には第2段、さらにその上に宇宙船などのペイロードが載る。またコア・ステージの両側には固体ロケット・ブースターを装備する。

機体やロケット・エンジンなどは、開発コストや期間の削減などを目的に、スペースシャトルの遺産を最大限に活用している。たとえばコア・ステージのタンクは、シャトルの外部燃料タンク(ET)をほぼ流用。エンジンも、シャトルのメイン・エンジンとして使っていた「RS-25(SSME)」を1基増やして4基装備する。さらに、固体ロケット・ブースターも、シャトルのSRBを継ぎ足して延長したものを使用する。

また、ミッションに応じて有人ロケット型や物資運搬型などに機体構成を変えることができ、さらに将来的には、ブースターや2段目の改良などで、段階的に能力を向上させる計画もある。

SLSは2011年、オバマ政権下で開発が決定され、検討が行われたのち、2014年から本格的な開発段階に入った。当初は2018年ごろに初飛行する予定だったが、技術的な問題や、災害による開発拠点の損傷などでスケジュールは何度も遅れ、それにともなうコスト超過にも悩まされている。

一時は初飛行の時期や月への飛行時期を遅らせることも検討されていたが、トランプ政権下で「2024年までに有人月着陸を実施する」ことが決定。NASAとボーイングは急ピッチで開発や試験を続けている。

現時点で、SLSは2021年11月に初飛行を行うことが計画されている。このミッションは「アルテミスI」と呼ばれ、無人のオライオン宇宙船を月へ向けて打ち上げる。オライオンは月の周回軌道に入り、約2週間ほど滞在したのち地球へ帰還する。

その結果を踏まえ、2023年には「アルテミスII」を実施。オライオンに宇宙飛行士が乗り、SLSで月へ向かって飛行したのち、月の裏側を回って地球へ帰還する。

そして2024年、「アルテミスIII」ミッションで、4人の宇宙飛行士が乗ったオライオンをSLSで打ち上げ、アポロ計画以来となる有人月着陸の実施が計画されている。

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    SLSの想像図 (C) NASA

打ち上げに向けた最後の関門「グリーン・ラン」試験

そして、アルテミスIに向けた最後の関門となるのが「グリーン・ラン(Green Run)」と呼ばれる試験である。今年11月にアルテミスIミッションで実際に打ち上げる機体を使って、コア・ステージの全体的な機能や性能などを確認することを目的としている。

一時は遅れている開発スケジュールを短縮させるため、またシャトルのタンクやエンジンを流用していることもあって、試験を省略、すなわち2021年11月にぶっつけ本番で打ち上げることも検討されていたが、最終的には実施することで決まった。

グリーン・ラン試験は2020年1月から始まり、新型コロナウイルス感染症やハリケーンなどの影響でたびたび中断したものの、8つ中7つの試験をクリア。そして今回の燃焼試験が、その最後の試験項目だった。

この試験は、実際と同じ手順で打ち上げに向けた準備を行い、そして4基のRS-25エンジンに点火し、実際の飛行と同じ時間だけ燃焼させる。ブースターや第2段を装備しないことや、発射台から飛び立たないことを除けば、本番の打ち上げとほぼ同じ状況を作り出し、確認することができる。

そして日本時間1月17日7時27分(米中部時間16日16時27分)、エンジンに点火した。燃焼時間は約8分間(485秒間)の予定だったが、何らかの問題が起き、燃焼開始から67.2秒後にコンピューターが自動でエンジンを停止させた。

試験前、NASAは「485秒間の燃焼時間のうち、250秒で必要なデータのほとんどを収集できる」としていたが、それにまったく満たない時間で終わったことで、試験としては失敗ともいえる形となった。

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    燃焼試験を行うSLSの第1段エンジン (C) NASA

19日には、NASAが初期調査の結果を発表。それによると、燃焼中に4基あるエンジンのうち、2番エンジン(E2056)において、推力ベクトル制御(TVC)システムのパラメーターが限界値を超えていたことが判明したという。

RS-25は、飛行中のロケットの姿勢や飛行方向を制御するために、ノズルを動かして噴射方向を変える仕組みをもっている。これをTVC(Thrust Vector Control)と呼ぶ。TVCを動かす動力源は、コア・ステージ補助動力ユニット(CAPU)から供給される油圧を使っている。

今回の試験中には、そのCAPUの油圧系のパラメーターのひとつが、あらかじめ設定していた限界値を超えたため、コンピューターが自動的にエンジンを停止させたとしている。

またNASAによると、「この値は試験のために意図的に保守的に設定していたものであり、実際の打ち上げであればもっと緩い値となるため、問題は起こらなかっただろう」としている。また仮に、飛行中に同様の問題が起きたとしても、「他のCAPUを使ってTVCシステムに動力を供給することで飛行を継続することができる」という。

なお、今回の試験中には、エンジン点火から約1.5秒後に、4番エンジン(E2060)の、計装を支える支柱のうち、冗長性のために取り付けられている1本が損傷するという問題も起きている。ただ、エンジンそのものには影響はなく、また早期の燃焼停止とも無関係だという。

エンジン燃焼中にまた、エンジン周辺で閃光が発生したことも確認されており、こちらについては現在も調査が続いている。

なお、この閃光との関連は不明と前置きしたうえで、試験後の点検で、エンジンを保護するサーマル・ブランケットの一部が焦げ付いていることが確認できたという。この部分は、エンジンとCAPUの排気の近くにあることから熱的に厳しい環境にあり、そのため焦げ付きは想定内であり、またセンサーからのデータでは温度は正常であり、ブランケットがエンジンとCAPUの排気の熱から、ロケットを十分に保護できていたことが示されているとしている。

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    燃焼試験を行うSLSの第1段エンジン (C) NASA