米国航空宇宙局(NASA)は2020年6月11日、月探査車「ヴァイパー(VIPER)」を月へ輸送する業者として、米ベンチャーの「アストロボティック(Astrobotic)」を選定したと発表した。

同社はかつて民間の月探査レース「グーグル・ルナー・Xプライズ」に参戦していた企業で、現在は月への物資輸送サービスの事業化に挑んでいる。今回の契約は、民間による月探査の時代の到来を強く印象づけるとともに、月の水をめぐる謎の解明に向けた大きな一歩となる。

  • ヴァイパー

    ヴァイパーを載せて月に着陸した、アストロボティックの月着陸機「グリフィン」の想像図 (C) Astrobotics

ヴァイパーとは?

ヴァイパー(VIPER、Volatiles Investigating Polar Exploration Rover)はNASAが開発中の月探査車で、月の南極で水(氷)を探すことを目的としている。

月の極域にあるクレーターの底は、「永久影」と呼ばれるつねに日陰の場所が存在しており、その中に水が氷の状態で眠っていると考えられている。これまでの探査では、水が存在する可能性が示唆されるにとどまっており、具体的にどこにどれくらいの量があるのかはまだわかっていない。

現在NASAは、アポロ計画以来となる有人月探査計画「アルテミス」を進めており、2024年の月の南極への有人着陸を皮切りに、継続的に月を探査し続けることを目指している。水は人間が生きる上で必要不可欠であり、またロケットの推進剤などに利用することもできるが、地球から必要な全量を持ち込むことは、コストなどの面で現実的ではない。そのため、月で現地調達できるか否かが、アルテミス計画の成功、そして将来の人類の月への移住をも左右する重要な要素となる。

ヴァイパーは月の南極に着陸後、約100日間にわたって走行しながら探査。4つの観測機器を使い、月の水をめぐる問題に終止符を打つとともに、その水を取り出して利用できるかどうかも探る。

  • ヴァイパー

    ヴァイパーの想像図 (C) NASA Ames/Daniel Rutter

"月への宅配業者"アストロボティック

そのヴァイパーを月へ輸送する業者として、NASAは6月11日、米国ピッツバーグに本社を置くアストロボティックを選定したと発表した。

アストロボティックは2007年、カーネギー・メロン大学の教授などによって設立された企業で、月探査をビジネスにすることを目的としている。

同社は当初、民間による月探査レース「グーグル・ルナー・Xプライズ(GLXP)」に参戦。優勝候補のひとつと見られていたが、2016年に撤退し、独自に月探査をビジネス化する道を選んだ。このころ、同社はすでに月着陸船の開発で一定の実績を出しており、NASAやエアバスなどと研究・開発契約を結ぶなど、順調な歩みを見せていた。

現在同社は「ペレグリン(Peregrine)」という小型の着陸機と、それより大型の、最大500kgの物資を月へ送り込める「グリフィン(Griffin)」という着陸機を開発している。

今回の契約では、アストロボティックは2023年の後半に、グリフィンを使ってヴァイパーを月の南極へ送り込むこととなっている。契約額は1億9950万ドルで、ヴァイパーとグリフィンの統合から、地球からの打ち上げ、そして月面着陸までを同社が担う。

なお、アストロボティックはロケットは開発していないため、打ち上げ手段は他社から調達する。どのロケットを使うかは、現時点で明らかにされていない。

  • ヴァイパー

    ヴァイパーを月面へ展開するグリフィンの想像図 (C) Astrobotics

今回の契約は、NASAの「CLPS (Commercial Lunar Payload Services)」という計画に基づいて行われる。

NASAはかねてより、民間企業に資金や技術を提供して月着陸機の研究・開発や実証試験を行わせる計画を進めており、CLPSはその集大成として、実際に月に物資を輸送する業者を育て、そしてNASAがそれらの企業に輸送を委託することを目的としている。NASAはこれにより、アルテミス計画を低コストかつ効率的に進めるとともに、民間の宇宙ビジネスを振興することを目指している。

すでに昨年5月には、CLPS計画に基づく最初の契約を、アストロボティックのほか、「オービット・ビヨンド(Orbit Beyond)」、そして「インテューイティヴ・マシーンズ(Intuitive Machines)」の3社と締結。オービット・ビヨンドはその後脱落したものの、他の2社は2021年7月までに、それぞれ月面の指定の場所へ、NASAの機器・装置を送り届けることになっている。

この契約では、アストロボティックはペレグリンを用いる。ペレグリンはまた、グリフィンとは機体のサイズこそ違うものの、同じサブシステムと開発・運用手法を採用していることから、グリフィンの試験も兼ねる。

また、このミッションで運ばれる機器には、ヴァイパーに搭載する予定の機器の試験機も含まれている。

また今年4月には、マステン・スペース・システムズ(Masten Space Systems)とも物資輸送で契約を締結。2022年の打ち上げを予定している。このミッションでは、アストロボティックが開発している小型の月探査車「ムーンレンジャー(MoonRanger)」が送り込まれる。

参考文献

NASA Selects Astrobotic to Fly Water-Hunting Rover to the Moon | NASA
Astrobotic Awarded $199.5 Million Contract to Deliver NASA Moon Rover | Astrobotic
VIPER Mission Overview | NASA
Griffin Lander | Astrobotic