既報の通りインターステラテクノロジズ(IST)は4月28日、5月2日~6日に実施予定だった観測ロケット「MOMO5号機」の打ち上げを延期すると発表した。同ロケットは、新型コロナウイルスへの対策として、無観客で打ち上げを行うことにしていたが、同日、地元・北海道大樹町からの延期要請を受け、これに応じる形で延期を決めた。

参考:IST、GW中のMOMO5号機の打ち上げ延期を決定 - 大樹町からの延期要請を受諾

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    今回の記者会見もオンラインで行われた。左はIST代表取締役社長の稲川貴大氏、右は大樹町長の酒森正人氏

いきなりの延期要請、何があった?

ISTと大樹町は、20日に打ち上げ日を発表したばかり。一旦、打ち上げに同意しておきながら、わずか1週間で大樹町が判断を変えたのは、「来町自粛の呼びかけに応じない見学者の出入りを不安に感じる町民の声」があったからだという。

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    大樹町のWEBサイトに掲載された要請文

5月6日まで、全国的に緊急事態宣言が出されているものの、ロケットの打ち上げは「イベント」ではないので、北海道の自粛要請の対象にはなっていない。MOMO5号機では、観客の受け入れを中止したほか、付近を警備員が巡回するなどの対策を取っており、この点については、酒森正人・大樹町長も「合理的」という評価を変えていない。

しかし20日に打ち上げの詳細を発表してから、大樹町には様々な意見が寄せられ、「今回は見送るべき」という反応も増え始めたという。大樹町は、対策自体に問題は無いと考えているものの、打ち上げ日まで1週間を切っており、町民の不安を払拭する対策を講じることは困難と判断し、28日、延期要請を出すに至った。

ただ、驚いたのは、大樹町が公表した要請文の中に、「要請に従わない場合は職員による支援はできない」という、強い表現まで入っていたことだ。普通であれば、水面下の交渉で事前に合意しておき、両者が同時に発表する流れになるはずなので、これはつまり、その話し合いが決裂し、町が一方的な公表という強硬手段に出たことを意味する。

会見において、酒森町長は、ISTファウンダーの堀江貴文氏らとの話し合いが「平行線だった」と内幕を明かす。しかし同社がそう簡単にこの要請を呑めないのには、相応の事情があった。

延期によって生じる大きな負担

ロケットを打ち上げるには、関係機関との様々な調整が必要。そういった調整を数カ月前から行い、やっと決まったのが5月2日~6日という期間だ。もし緊急事態宣言が6日に終わったとしても、「じゃあ7日にやります」と簡単に決められないのがロケットの打ち上げなのだ。

MOMO5号機の打ち上げ日程は、これで白紙に戻った。次の打ち上げは、数カ月後かもしれないし、新型コロナウイルスの感染拡大状況によっては、半年~1年の長期停止になる恐れもある。

ISTの稲川貴大・代表取締役社長は、「難しい判断だった」と、要請の受諾が苦渋の決断であったことを述べる。ISTの事業の2本柱は、MOMOの運用と、超小型衛星用ロケット「ZERO」の開発である。しかし当面、ZEROは開発費を食うだけなので、同社が利益を得る手段はMOMOしかない。そのMOMOを止めるとなると、事業への影響は大きい。

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    リハーサル時のMOMO5号機 (C)IST

同社は5号機の打ち上げを成功させ、MOMOの本格的な事業化・量産化に繋げる考えだった。そこで収益を上げつつ、ZEROの開発を進める予定だったので、その開発スケジュールにも影響が出かねない。

稲川社長は「一般論」と断った上で、「開発系の企業では毎月1人100万円かかると言われる。ISTは社員が40名なので、毎月4000万円が活動費として出て行くことになる」と説明。今回の延期要請は、「数カ月の事業活動を止めろという要請に等しい」(同氏)わけで、同社のように体力の無いベンチャー企業にとっては死活問題だ。

堀江氏は前夜、唐突に「今日すごく嫌なことされたので大樹町民やめます」とTwitterに投稿。おそらく今回の件に関連した発言と思われるが、MOMOのスポンサー集めなど、日頃から資金獲得に奔走している堀江氏にとって、今回の延期要請というものは、それだけ危機感も大きかったということだろう。

今後も大樹町での打ち上げを継続

とはいえ、打ち上げビジネスを今後も継続していくためには、地元自治体の協力は不可欠。大樹町から正式な延期要請が出た時点で、同社には事実上、受諾以外の選択肢は無かった。

酒森町長は、同社に対する金銭的な補償については言及を避けたが、「次の打ち上げが早い段階にできるよう、関係機関との協議の中に主体的に入っていきたい」と、サポートしていく姿勢を示した。

町民の不安の声を無視することはできない地元自治体。合理的な対策を立てれば打ち上げられると考えていたIST。今回の食い違いは、「安心」と「安全」の対立にも見えるが、これらは似て非なるものであるため、落としどころはなかなか難しい。

今後、早期に打ち上げを再開できるかどうかは、大樹町がいかに不安を解消できるか、という点にかかってくる。この点について、酒森町長は「今まで町からの広報が少なかったかもしれない」と反省。「ISTの活動をよく理解してもらうために、今後は開発プロセスなども可能な限り町民と共有し、安心してもらえる環境を作っていきたい」とした。

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    2019年4月に撮影した大樹町の様子。同町ではISTを応援する声も多い

稲川社長は、「感染症対策はかなり計画的にやってきた。それが理解されなかったのは残念」と無念さを滲ませつつ、「なんとかこの厳しい状況を乗り越えていきたい」とコメント。そのために、クラウドファンディングなど、打ち上げへの支援を募る新たな活動も行っていく意向を示した。

MOMOの技術的・天候的な理由による打ち上げの延期は以前もあったが、新型コロナウイルスによる延期はもちろんこれが初めて。技術的な理由であれば解消のめども付きやすいが、感染症、そしてそれに対する「不安」が相手となると、先行きはかなり不透明。同社にとっては正念場と言えそうだ。

これまで、ISTと大樹町は相思相愛の良好な関係を築いてきた。稲川社長は、会見で今後も大樹町との関係を重視していく姿勢を見せたものの、今回の延期要請は同社側に非常に大きな負担を強いるものであり、堀江氏の反応を見ても分かるように、同社側に不満が残る結果となったのも事実だろう。

この「しこり」を解消できるか、それとも大きくなってしまうのか。両者の関係に生じた微妙な変化がやや気になるところだ。