なお、どちらも腰掛は同じだが、モケットの柄は違えてある。シートピッチは1,200mmもあるが、窓と腰掛の位置が合わないところがあるのは、先に窓割が決まっている改造車ゆえの泣き所か。

そして、デザイン面のこだわりも随所に詰め込まれている。調光用のノブが星形になっていたり、壁に「鏡のように見えるけれど、実は通路の方向を示す矢印」なんてものがしつらえてあったりする。

  • クシェットの壁に設けられた調光用のノブは、デザイナーのこだわりにより、星形である 撮影:井上孝二

    クシェットの壁に設けられた調光用のノブは、デザイナーのこだわりにより、星形である

  • 壁に取り付けられているのは、ブドウのレリーフではない。通路を示す矢印である 撮影:井上孝二

    壁に取り付けられているのは、ブドウのレリーフではない。通路を示す矢印である

4号車のラウンジスペースには、昔の国鉄型車両を描いたパネルが登場する。いってみれば、昔の「国鉄長距離列車全盛期」のヘリテージだ。しかもそこには、「WEST EXPRESS銀河」の改造を担当した吹田総合車両所に保存されている、「流電」クモハ52まで出てくるのだ(!)。

100系新幹線X編成の食堂車に同じようなものがあったが、それを営業列車で体験した方は、もう多くないのではないだろうか? まあ、これは「リニア・鉄道館」に行けば見られるのだけど。

  • 4号車・ラウンジスペースの壁。ちなみに、クモハ52はいちばん下である 撮影:井上孝二

    4号車・ラウンジスペースの壁。ちなみに、クモハ52はいちばん下である

テストベッドでもあり、沿線を盛りたてるツールでもある

こうしたユニークな「器」を用意した上で、すでに直通する長距離列車が絶えて久しい「京阪神~岡山~山陰方面」あるいは「京阪神~山陽方面」に運行することで、「急がずに在来線でノンビリ長距離移動するのもいいな」と思ってもらえれば大成功だ。

そして、前例のない接客設備をいろいろ用意しているのが「WEST EXPRESS銀河」の特徴だ。とはいえ、実際に営業運行に供してみないとわからない部分もある。「狙い通り」ということもあれば「思惑と違った」ということも出てくるかも知れない。

そこで、「WEST EXPRESS銀河」で用意したさまざまな接客設備についてフィードバックを得られれば、それが将来、新しい特急車両や観光列車などを生み出す際の土台になるかもしれない。実は、JR西日本はそこまで視野に入れているのである。

もう1つ。JR西日本では、「WEST EXPRESS銀河」について「地域との対話や連携を通じた活性化」を掲げている。これは既存の観光列車やクルーズトレイン、そして「ハローキティ新幹線」とも共通する要素。沿線の街、物産、観光地を売り出して盛りたてていくことも、「WEST EXPRESS銀河」に課せられたミッションの1つだ。

「WEST EXPRESS銀河」に車内販売の計画はないが、途中の要所要所で少し長めに停車時間をとることになっている。そこでホームに降りると地元の物販が用意されている、となれば、買物と気分転換を兼ねられて一挙両得。また、車内には物販に使えるカウンターやイベントに使えるスペースがあるから、沿線から要望があれば、それも活用できる。

そして、直流電化区間でATS-PかATS-SWが使われている路線なら(理論上は)どこでも行けるから、すでに発表されている「京都~岡山~出雲市方面」「京都~岡山~広島方面」以外への展開も、期待できるかもしれない。JR西日本エリアだけでも、東は敦賀、西は下関、南は新宮まで行ける。

要約すると、「WEST EXPRESS銀河」は投資とリスクを抑えつつも「在来線での長距離移動を楽しんでもらい、新規需要を喚起するための呼び水」「新たな接客設備を試す試金石」「JR西日本と沿線が一緒になって地域を盛りたてるためのきっかけ」といった、将来に向けた新たな取り組みを詰め込んだ車両なのだ。単なる観光列車でもジョイフルトレインでもないし、いわんや、「夜行列車のリバイバル」でもないのである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。