民間主導の実証実験を行政が全面的にバックアップ

こうしたIoTの実証実験は自治体の主導で行われることが多いが、益田市の実証実験で特筆すべきことは、民間主導で進め、それを自治体が全面的にバックアップしていること。そして、民間と自治体が強固に連携していることにある。その背景にあるのは、山本浩章・益田市長の危機感だ。

益田市は島根県西端に位置し、人口5万人弱で、高齢化率は全国平均を上回る35%を超え、少子高齢化が進む典型的な地方都市である。そもそもIoT益田同盟が、ここを実証実験の場に選んだのは、これから日本全体で起こりうる人口減少と、高齢社会における諸問題がすでに起こっていることにある。そして山本市長自身、益田市の現状を見て、「人口拡大化計画」を掲げており、産業を振興し、交流人口および定住人口を増やして、人口を拡大していきたいという強い思いを抱いていた。2年前にIoT益田同盟から、益田市を舞台に実証実験を行うことを提案された際には、山本市長はすぐに賛同し、全面的に支援することを決めた。

「地元の産業振興、特に新しい産業の誘致は、市としては非常にハードルの高い取り組みになります。見込みのある企業に何度も足を運んでいただいても、なかなか実現しないというぐらい実りの薄い取り組みです。しかし、今回の取り組みについては、民間企業の主体で、益田市でIoTの実証実験をやりたいという話でした。そういったことは非常に稀なケースですので、これはもう願ってもないことでした」(山本市長)

願ってもない申し出に対し、益田市は全面的にバックアップを決定。水位計を設置した水路は益田市が管理する水路であるが、設置許可なども積極的に出すなど、最大限の協力をしているという。

さらに市側の協力として、益田市役所職員を対象にIoT益田同盟の統合プロデューサーである豊崎禎久 AGDファウンダーが、定期的にIoTに関する講習会をボランティアで開催。山本市長が積極的に参加を促すといったことも進められている。「日本一IoTに精通した行政マン」をつくることをミッションとして、最終的に440名全員に受講させる方針。これだけの数の行政に携わる人たちがIoTについて語れる状況は、他の自治体ではまだ構築できていないと思われる。

講習会は現在までに7回、延べ200人以上が受講しており、着実に成果が上がってきているという。実証実験の展開は、この講習会のフィードバックによるところが大きい。市職員がIoTを理解した上で、益田市が抱えている行政課題をIoTで解決する道筋はないかと広く検討するようになり、最初に挙がった提案が水位計の設置だったという。市内の水路の水位をリアルタイムで計測し、データを蓄積していけば、大雨の際に市内中心部の冠水が防げるのではないかということから、水位計の設置が始まった。

また、ここまでの取り組みの成果として、交流人口の増加への期待が高まっている。現在の益田市の実証実験に関心を持ち、この環境で一緒に実証実験をやりたいという企業の関心は高まっている。水位計を設置した2017年8月以降、水位計の視察や次の展開についての交渉で、他の自治体の担当者や関連する企業のエグゼクティブなど、延べ約200人が益田市を訪れているという。

「(視察で来られる方々は)ほとんどが飛行機利用と宿泊を伴っていますので、地元への経済波及効果もあると思います。これが今後さらに増えるように、どんどん情報発信していきたいと思っています。IoTの取り組みの先進地として、視察ビジネスにまで発展できればよいという思いがあります」と山本市長は期待を寄せる。

  • 山本市長

    山本浩章・益田市長

医療・ヘルスケア展開を機に社団法人を立ち上げ

水位計に続く取り組みとして、益田市とIoT益田同盟は2018年7月、スマートヘルスケア推進事業を立ち上げた。高齢化率35%の自治体としては、高齢者のケアは喫緊の政策課題である。また前述の匹見地区には限界集落があり、高齢者の見守りも必要になっている。そこで、IoTデバイスとして3G無線機能を有する血圧計を貸与し、血圧をはじめとする健康データをリアルタイムで収集し、成人病の予知など住民の健康維持に寄与する試みを開始する。まずは市職員および協力会社の従業員を含め、約300人で実証を始め、徐々に市民へと拡大していく方針。

この日本初のヘルスケア推進事業には、益田市だけでなく、益田市の医師会も積極的に協力している。こうした住民の健康増進に関する取り組みは、ともすると医療費の削減につながるため、医師会が難色を示すケースがある。しかし益田市の場合は、過去に医師の確保が困難になるなど、医療が危機的な状況に陥った経験があるため、医療関係者と行政の間で強固な連携や信頼関係が構築されてきている。今回の推進事業については、益田市の医療関係者からも積極的な動きがあったという。

また、このヘルスケア事業の推進にあたって、IoT益田同盟は「一般社団法人益田サイバースマートシティ創造協議会(MCSCC)」へと組織を組み替え、この10月に法人登記を行った。これまでの任意団体から法人としてプロジェクトをさらに強力に進めていく構えをとる。

山本市長は次のように語る。

「これまでは民間企業が主で、そこに我々行政も入っているような任意団体で、その責任の所在が曖昧でしたが、一般社団法人という法人が立ち上がることによって、主体と責任が明確になります。今後、このIoTの取り組みが本格化してくると、情報の管理が大きな課題になっていきます。特に医療の話では、まさに個人情報ですし、そのほかの情報についても、大量の貴重な情報を曖昧な主体が管理するのではなくて、一般社団法人が管理することによって、しっかりとした信頼性を担保できると考えています」。

なお、MCSCCは益田市のIoTプロジェクト全体を統括する法人という位置付けで、スマートヘルスケア事業については、島根医科大学も加わった個別の一般社団法人益田ヘルスケア推進協議会が立ち上がり、連携して進めていく。

MCSCCでは、水位計、医療・スマートヘルスケアに続く次の展開として、路面センシングの取り組みも開始している。従来は市の管理する道路のパトロールを目視で行っているが、これをセンサによる計測に置き換え、路面のデータを集めていく。きめ細かいデータに基づき、道路の補修などの優先順位が明確になり、効率的な道路管理が可能になる。これらに続く、4の矢、5の矢の取り組みが検討されている。

「こうしたIoTの取り組みによって、行政の取り組みが便利になり、住民の利便性につながり、そこからスマートシティの基盤が整えば、新しいビジネスチャンスや新たな社会の展開が見えてくるのではないかと期待しています」と山本市長は今後の抱負を語った。