宇宙の謎の解明に挑む人類の英知「ILC」

科学技術が発達し、人工知能(AI)が人間を超えてしまうかもしれないと囁かれるようになってきた現代においても、まだまだ世界は謎に満ち溢れている。その際たるものが宇宙の謎だろう。

例えば、先般、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」は、目的地である小惑星「リュウグウ」に到達にしたが、着陸地点を検討する前段階のさまざまな観測にて、全表面の90%以上を観測したにもかかわらず、水の存在を確認することができなかった。これに対し、研究者たちは、「予想は外れたが、結果的に当たりと考えている」とし、今までの隕石では得られなかった新しい発見がサンプルリターンにより期待できるようになるとコメントしている

また、2012年には欧州原子核研究機構(CERN)の「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」を用いた実験から、1964年に考案され、およそ50年にわたってその存在が確認できなかった、宇宙が生まれた際に起きた大進化(相転移)の直接証拠となる「ヒッグス粒子」が発見された。発見当初、神の粒子が見つかったなどと、さまざまなメディアで報じられたこのヒッグス粒子は、質量を与える粒子とされるが、実はその性質や、ヒッグス粒子が素粒子に質量を与える場(ヒッグス場)の形やダイナミクス、個数といったその正体は依然として不明のままだ。

LHCでは、2030年ころまで引き続き研究が継続されていく予定だが、陽子を用いている限り、陽子内の対象以外の素粒子がノイズとなって、正確な観測が難しいという課題が常に付きまとうこととなる。

こうした課題を解決し、ヒッグス粒子、ひいてはそこから始まる新たな物理学の扉を開くことが期待されているのが「国際リニアコライダー(ILC)」だ。

  • ILCの模型

    ILCの模型

この次世代の物理学研究の拠点を日本に誘致しようという動きが政産官学、そして民と、さまざまな分野で広がりを見せている。8月7日には、1979年のノーベル物理学賞受賞者であるシェルドン・L・グラショウ博士と、2017年のノーベル物理学賞受賞者であるバリー・C・バリッシュ博士が来日に併せて、松山政司 内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画、クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策)に日本でのILC建設を推奨する親書を手渡すなど、世界中の素粒子物理学者たちが期待していることを政府に伝える動きも見せた。

  • 松山特命担当大臣に親書を渡すノーベル賞受賞者たち

    左から、バリッシュ博士、松山 内閣府特命担当大臣、グラショー博士 (画像提供:ILC推進プロジェクト)

日本が主導的立場になることをノーベル賞受賞者たちも期待

「今、まさに我々は歴史のとば口に立っている。これまで夢と考えられてきたものを現実的なものにしていくことができる段階に突入したからだ。そうした意味では、これまでも素粒子物理の分野で世界に高い貢献をしてきた日本が、ILC建設の意思を表明してくれることを期待したい」。松山大臣に親書を渡した同日、報道陣に対して、バリッシュ博士は、素粒子物理の未来を日本が主導的な立場となって進めていくことに対する期待をこのように表現する。

一方のグラショー博士も、「ILCの活用が、標準理論が本当に正しいものなのかどうかを確認することにもつながる。普通の科学者は、自分の仮説が正しいことを期待するものだが、素粒子物理に携わる科学者の多くは奇妙なもので、標準理論が間違っていて欲しい、と思っている。ILCは、そうした答えを見つけることができるもの」とILCの重要性を強調したほか、「標準理論の問題点を解決するとされる超対称性理論に対応する超対称性粒子はまだ見つかっていない。ILCができ、研究が進めば、それを見つけだせる可能性がある。もし、発見できれば、日本は、そうした誰も為しえなかった研究を主導した国として、歴史に名を残すこととなる。これからの物理学の研究を進めていく上でもILCは絶対に必要なものだ。日本に、世界に名だたる国際的な研究所ができることを期待したい。世界中の優秀な頭脳を持つ研究者たちがILCで働きたい、と言って押し寄せてくるだろう。これまで、素粒子物理は米国が先導してきたが、それを日本が引き継いで、先導していってもらうことを期待したい」と、日本が主導的な立場となることに期待を示した。

  • グラショー博士とバリッシュ博士

    報道陣を前にILCならびに日本に対する期待を語ったバリッシュ博士(左)とグラショー博士(右)

人間の生活と密接に関わりあう科学の進歩

いくら世界中の科学者たちがILC建設に期待を寄せても、多くの一般の人たちは、自分たちにとって関係ない世界、というイメージを持つだろう。しかし、そうした多くの日ごろ科学とは無縁の人たちにとっても、実は物理学の発展は、自分たちの生活を豊かにする、という意味で重要な意味をもつ。

例えば、1905年、かのアルバート・アインシュタインが「相対性理論」を提唱したが、実は現代人のほとんどが、その恩恵を受けている。カーナビや地図アプリに活用されているGPSに代表されるGNSS(全球測位衛星システム)の存在がまさにそうだ。相対性理論によって、地上から遠く離れた宇宙空間と、地上の時計にズレが生じず、正確な位置情報を得ることができる。日本もGPSと一体運用が可能な準天頂衛星システム(QZSS)として「みちびき」を打ち上げているが、これを活用することで、センチメートル単位での位置把握が可能となり、自動運転の精度向上などにつながることが期待されている。

また、これを読んでいる人はほぼ活用しているであろう「WWW(World Wide Web)」に至っては、まさに1990年、CERNによって生み出されたもので、素粒子物理の研究が進んでいなかったら、現在、人類がインターネットを活用できていたかも怪しいと言えるだろう。