中国側の対応に問題はなかったのか

幸いにも、天宮一号は被害をもたらすことなく落下したが、運用していた中国有人宇宙計画室(CMSA)や宇宙企業など、中国側の対応には大きな課題が残った。

2016年に天宮一号が運用を終えたことについて、中国の宇宙機関、企業はトラブルが起きたことはもちろん、制御ができなくなっていることを一切認めていない。2018年1月には、中国の国営宇宙企業・中国航天科技集団でチーフ・エンジニアを務める朱樅鵬氏が、中国メディアのインタビューに対して「天宮一号はつねに監視、制御できており、狙った海域に落下させる」と答えるなど、制御不能という声を一蹴していた。

今回の再突入についても、CMSAはさすがに制御落下という言葉こそ使っていないが、「予定どおり」、「発表どおり」という言葉を繰り返している。

しかし、再突入の前に地上から撮影された天宮一号の映像からは、通常ならありえない向きに回転していたことがわかっており、とても制御されていたとは考えられない。そもそも制御できているなら、もっと早い段階で制御落下させることができたはずであり、なぜ万が一にも地上に落下する危険がありながら放っておいたのか、という話になる。真意は不明だが、確率的に陸地や人に落ちる可能性が低いのをいいことに、制御不能であることを隠し続けたと取られても仕方がないだろう。

また、落下までの情報提供も決して十分とはいえなかった。CMSAは中国語と英語で、軌道高度などについて提供はしていたが、必要最低限の情報のみだった。いっぽうESAは、天宮一号の状況から、再突入とは何なのかというそもそもの話、地上に落下したり人に被害を与えたりする確率の話、過去の事例まで含め、懇切丁寧にわかりやすく情報を発信しており、それに比べると、CMSAの対応は不十分だったと言わざるを得ない。

制御不能に陥っていたのならなおのこと、たとえ制御できていたのだとしても、中国は天宮一号について、より積極的かつ詳細な情報公開と説明を行うべきだった。もっとも、中国は軌道上の物体を監視できる設備の数や性能が不十分で、正確な観測ができなかったという事情もあるかもしれないが、それならESAなどと共同で観測、監視をするなどといった方法もあったはずである。

ちなみに、天宮二号は今年の秋にも設計寿命を迎える。はたして中国がどのように天宮二号を処分することになるのかに注目される。

  • 天宮一号の想像図

    天宮一号の想像図 (C) CMSA

天宮一号を他山の石として

天宮一号をめぐる一連の騒動は、私たちにも大きな課題を残した。

今回の問題は、一般のメディアでも取り上げられ、一部では危機を煽るような、誇張した内容の報道もなされた。

実際のところ、天宮一号は前述のように宇宙ステーションとしてはかなり小さく、近い大きさの人工衛星もいくつかある(過去には天宮一号より大きな衛星が、同じように制御不能になって再突入したこともある)。そのため、天宮一号の大部分は再突入時に燃え尽きる可能性が高かった。

また、万が一燃え残った破片があっても、地球の大部分は海であること、人口密集地が限られていることなどから、人に被害を与える可能性は1兆分の1ほどと、毎年誰かが雷に打たれる確率や、交通事故に遭う確率に比べるとかなり低かった。そのため、今回のケースをことさら危険なものとして取り上げるのは正しくない。

また今後も、天宮一号ほどの大きさ、あるいはそれを超える大きさの衛星が突然トラブルで機能を失い、制御できない再突入を起こすことは十分にありうる。いうまでもなく日本や米国の衛星も例外ではない。さらに民間企業による宇宙開発が活発になればなるほど、その確率は高まる。

その中で、当事者である宇宙機関や企業がいかに情報発信をするべきか、メディアが報道をするべきかは、大きな課題である。今回ESAが行ったような情報提供は、誰もがいつでもできるものではなく、また広く世間一般を対象とするなら、よりわかりやすく、簡潔にする必要もある。

とくに、衛星がどこで再突入するかは直前までわからず、予測が時々刻々と変化することもあり、各宇宙機関とメディア、一般との間に、情報提供に関するなんらかの指針やルールが必要になるかもしれない。

  • ESAの宇宙ステーション補給機「ATV」が制御落下する際の様子

    ESAの宇宙ステーション補給機「ATV」が制御落下する際の様子。天宮一号もこのようにして落下したものと考えられている (C) NASA

宇宙開発に明るい未来をもたらすために

そして最も大きな課題は、天宮一号のように、大型の衛星が制御できない再突入に陥ることを防ぐルールや取り組みが必要だということである。

現在でも、2007年に国連で採択された「スペースデブリ低減ガイドライン」というものがあり、「低軌道衛星は運用終了から25年以内に落とす(落下の際には地上の安全に配慮する)」などといったことが定められているが、これは各国の自主的な努力に委ねられたもので、法的拘束力はない。

しかし今後、こうした指針をさらに強化するとともに、とくに天宮一号のように、落下すれば地上に被害をもたらすかもしれない大型衛星については、運用終了から何年以内に太平洋上に制御落下させることなどを定め、なおかつ、たとえ過失でも実施できなかった場合は罰則を課すことなどを設けることが必要になるかもしれない。

天宮一号も、もし2回目の有人ミッションを終えたタイミング、あるいは設計寿命の2年を超えたタイミングで制御落下が行われていれば、今回のような事態にはならなかっただろう。衛星の多くは設計寿命を超えても健全な場合が多く、その衛星を廃棄するのか、運用期間を延長するのかを決めるのは難しいが、なにか基準があれば、そしてそれに従わなければ罰則が伴うということになれば、判断しやすくなるだろう。

それと同時に、デブリを防ぐ、あるいはデブリになってしまった衛星を取り除く、技術的な手段も必要になる。

たとえば衛星に取り付けたロボット・アームや網、銛などでデブリを捕まえ、自身もろとも再突入させたり、デブリにソーラー・セイルやテザー(紐)を取り付けて、その作用で軌道から離脱、処分したりといった技術の研究が、世界中の宇宙機関や企業で進んでいる。どれもまだ実用化には至っていないが、おそらく数年のうちにどれかはものになるはずで、すでにビジネス化しようという動きもある。

この法律と技術という、ソフトとハードの2つの面で対策をすることで、今回のような事故は減らせるだろう。それは結果的に、私たちの生活を守り、そして同時にデブリ同士の衝突を減らせるなど、宇宙空間の安全、環境を守ることにもつながる。

今回の天宮一号の落下は、さまざまな点で多くの課題を残した。しかし私たちは、これを対岸の火事ではなく、他山の石として考えなければならない。その想いと努力は必ず、宇宙開発に明るい未来をもたらすことになるだろう。

  • ESAが開発中のデブリ回収衛星の想像図

    ESAが開発中のデブリ回収衛星の想像図。左側に見える衛星のロボット・アームによって、デブリとなった衛星(右側)を捕まえ、大気圏に落とす。2024年語呂の打ち上げ実証が予定されている (C) ESA

参考

Splashed down! | Rocket Science
Monitoring (almost) complete | Rocket Science
JFSCC tracks Tiangong-1’s reentry over the Pacific Ocean > Vandenberg Air Force Base > Article Display
http://www.cmse.gov.cn/art/2016/3/21/art1827404.html
http://www.cmse.gov.cn/art/2018/4/2/art1832433.html

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info