慶應義塾大学(慶応大)は5月8日、情報開示請求により提供を受けた全国学力・学習状況調査(全国学テ)と横浜市学習状況調査の学校別平均点データを利用して、学級規模の縮小が学力の伸びに与える影響を分析し、小学6年生・中学3年生の国語と算数/数学の中では、小学校の国語を除き、学級規模縮小の効果を確認することはできなかったと発表した。

成果は、慶應大 経済学部の赤林英夫教授(教育経済学)と、日本学術振興会特別研究員(PD)の中村亮介(2013年3月まで慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、経済学専門誌「Japanese Economic Review」に掲載される予定だ。

経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、2010年の日本の小学校における1学級当たりの生徒数(学級規模)の平均は28.0人で、OECD諸国の平均学級規模21.2人と比べて大きくなっている(出典:明石書店発行「図表でみる教育OECDインディケータ(2012年版)」)。

そのような中で日本では2011年、小学校1年生の学級規模を40人から35人へと引き下げるよう法律が改正され、少人数学級教育推進への国民の期待が高まっているところだ。教師1人が授業で担当する人数や、担任として受け持つクラスの人数が少なくなることで、よりひとりひとりの生徒に目が行き届くようになる、というのがその期待されるところであろう。

文部科学省は何が何でも少人数化を推進、というほど積極的な感じではないが、学力低下や格差の拡大を防ぐために、2013年1月に「今後の少人数学級の推進については、(中略)その効果について平成25年度全国学力・学習状況調査等を活用し十分な検証を行いつつ、(中略)教職員定数の在り方全般について検討する」と、今後も少人数化があることをうたっている(出典:文部科学省「平成25年度予算案における教職員定数の改善等について」)。

しかし、少人数学級推進と子どもの学力向上との間の因果関係を統計的に立証することは必ずしも容易ではない。まして、それが仮に40人から半分の20人という少人数になればまだしも、40人から35人では、受け持つ教師からしてみたら生徒1人当たりに割ける時間や労力に大差がないというのが実情で、なかなか学力向上に結びつけられない、というところではないだろうか。

また秋田県は少人数学級をいち早く導入し、かつ全国学力・学習状況調査(全国学テ)でも常に上位にランクインすることで有名だ。よって、少人数学級の効果があるように思えるが、実はその両者に因果関係があるかどうかは科学的には明らかになってはいない。データでは見えない第3の要素が、両方に影響を与えている可能性があるからだ。

今回の研究では、経済学で普及している統計的手法を用いて、少人数学級になることで学力がどの程度伸びるのかが分析された。この手法では1学年の人数が40人から41人へと変化する時に平均学級規模が40人から半分の20.5人へと大きく変動するという制度の特徴を利用して、学級規模縮小が学力に与える効果を統計的に判別するというものだ。なお、この方法は第3の要素の影響を排除できることから、学級規模と学力との間の因果関係の立証が可能であることが世界的に認識されつつある。

今回の研究では、情報開示請求を通じて横浜市から研究チームが提供を受けた全国学テ(4月に実施)と横浜市独自の学力テストである横浜市学習状況調査(中学3年生は11月、小学6年生は2月に実施)の学校別平均点を用いて、ある年における学級規模が、学年を通じて学力向上に与える因果的効果を、全国学テを用いて日本で初めて測定された形だ。

分析の対象は横浜市の公立学校に通う小学校6年生と中学校3年生である。画像1のグラフが2009年度の小学校6年生、画像2が同年の中学校3年生における学級規模と国語のテストにおける得点の伸びの関係を示したものだ。横軸は1学年の在籍生徒数を、縦軸は学級規模とテスト平均点の変化(全国学テの得点から横浜市学習状況調査の得点への伸び)を表している。また、図中の点線は40人学級制度に従った場合に予定される学級規模を、実線は国語のテスト得点の変化を表す。

両グラフから、小学校6年生では在籍生徒数が41人、81人、121人といった、学級規模が急に小さくなった時に、国語のテスト得点が大きく伸びていることが見て取れる。一方、中学校3年生の場合は、そのような明確な関係は見えない。

予定される学級規模とテスト得点の変化の関係。画像1(左)は小6、画像2は中3。どちらも2009年のもの

今回の研究ではグラフで示されている関係を、厳密な統計手法を用いて検証が行われ、以下の3点の結果が得えられたという。1つ目が、少人数学級は小学校6年生の国語の学力を向上させるが、算数の学力には影響を与えない。2つ目が、少人数学級が小学校の国語の学力を向上させる効果は、特に全国学テの得点(学年初めの学力)が高い小学校で顕著に観察されるが、その得点が低い小学校では観察されない。3つ目が、少人数学級は中学校3年生の学力向上には影響を与えない、というものである。

研究チームによれば、これらの分析結果は、少人数学級の推進に学力格差の解消を期待する立場からは意外な結果かも知れないという。今回の研究の分析結果は、一律に少人数学級を推進する政策が必ずしも学校間の学力格差の解消につながるわけではないことに加え、むしろ格差を拡大させる可能性すらも示唆しているとした。

今回は横浜市の公立学校に通う小学6年生および中学3年生という限られた地域と対象のデータを利用して分析が行われたが、ほかの地域や学年においても同様の結果が得られるかどうかについては検討が必要であることは、研究チームも述べている。

少人数学級政策がほかの政策と比較して費用対効果に優れるかどうかもさらなる検証が必要だろう。最後に、今回の研究結果は教育政策推進の際に、先入観や素朴な期待ではなく、事実に基づいて政策の効果を検証することの重要性を示しているといえるともコメントしている。