目前に迫るものづくりにおける大パラダイムシフト

文部科学省(文科省)が行っている科学研究費助成事業の1つに、「新学術領域研究(研究領域提案型)」というものがある。研究者または研究者グループにより提案された、日本の学術水準の向上・強化につながる新たな研究領域について、共同研究や研究人材の育成などの取り組みを通じて発展させることを目的とするものだ。

要は何のことかというと、特定の分野の研究に対し、5年間にわたって研究費を助成してくれるという、科学技術研究に対する国のバックアップというわけだ。そして、平成24年度に採択された新学術領域研究の中の1つに、「分子ロボティクス 感覚と知能を備えた分子ロボットの創成」がある。

9月10日、東京大学本郷キャンパス内の伊藤国際学術研究センターにおいて、同領域のキックオフミーティングが開催されたので、その模様も含めて、「分子ロボティクス 感覚と知能を備えた分子ロボットの創成」のことを紹介する。

同領域の代表を務めるのは、コンピュータ科学の研究者である東京大学大学院 情報理工学系研究科の萩谷昌己 教授だ(画像1)。萩谷教授によれば、今、「ものづくりにおける大パラダイムシフト」が訪れようとしているという。

画像1。東京大学大学院 情報理工学系研究科の萩谷昌己教授が領域代表を務める

これまでは、ものを作るという作業は、材料となる物質の塊を、サイズやデザインなど外部から与えた情報にしたがって加工することで望みの形状を得るという、トップダウン型のアプローチでなされてきた。

しかし現在、それとはまったく逆の方法論である、物質を構成する分子そのものの性質をプログラムすることにより、その物質自身が望みのものに「なる(組み上がっていく)」という、「ボトムアップ」のアプローチが注目されている。

これまでとはまったく異なるものづくりの手法が、実用化されようとしているのだ。分子そのものを設計し、分子の自己集合・自己組織化によって、原子分解能を持つ人工物を作り上げるという仕組みは、まるでSF小説のような世界であり、まさに大パラダイムシフトというわけだ。

これが実現すれば、あらゆる人工物は分子レベルの精度を持つようになり、生体機能の人工的な再構成や、分子レベルの自己修復・自己改変が実現することから、医療、食料、エネルギーをはじめとするさまざまな分野への波及効果は計り知れないものとなる。

技術によってしか立国できない日本にとって、この新たな技術を身につけることができず、世界に遅れを取った場合は致命的な状況となりかねないとして、新しい学術領域の確立、またそのための人材育成を急務とすることから、今回の新学術領域が立案された、というわけである。