全国に 33 の物流拠点を構える株式会社マルハニチロ物流は、冷蔵保管事業を中心に「食を支える重要な社会インフラ」の実現に向けたビジネスを展開しています。マルハニチログループの低温物流事業を支える同社では、メインフレーム上に構築した基幹システムの老朽化が課題となっており、長期にわたり安定して運用できるシステム基盤の構築に着手。食品物流業界としては初めての取り組みとなる、基幹冷蔵システムのクラウドマイグレーションに踏み切ります。「オープン化」と「クラウド化」を軸に、既存システムのストレートコンバージョンを行った本プロジェクトで採用されたバプリッククラウドサービスは Microsoft Azure でした。

オープン化+クラウド化のアプローチで、レガシーな基幹システムが内包する課題に対応

2006 年に稼働を開始したマルハニチロ物流の基幹冷蔵システムは、メインフレーム基盤と Windows 基盤のハイブリッドシステムとして、10 年以上にわたって改修・機能強化が図られてきました。2006 年の基盤構築に携わり、今回のクラウドマイグレーションにおいてプロジェクトリーダーを務めたマルハニチロ物流 システム部 副部長(現:経営企画部)の安藤 哲朗 氏は、メインフレーム上で稼働していた基幹冷蔵システムが内包していた課題について語ります。

  • 株式会社マルハニチロ物流 システム部 副部長(現:経営企画部) 安藤 哲朗 氏

    株式会社マルハニチロ物流 システム部 副部長(現:経営企画部) 安藤 哲朗 氏

「汎用機を用いたクローズドなシステムのため、保守・運用を行える技術者の確保が難しくなり、さらに帳票基盤のミドルウェアや、自動 FAX 送信のソフトウェアなどの保守が終了することもあって、基幹システムの刷新が急務となっていました。また、利用している EDI ソフトウェアが次世代 EDI に対応していないため、取引先の指定した通信手順に対応できないといった問題も出てきており、1 案件ごとの開発工数が多いことも課題となっていました。そこで、保守性・拡張性・継続性に優れた基盤構築の検討を開始しました」(安藤 氏)。

また、リスクマネジメントの観点からも基幹システムの刷新は不可欠だったと安藤 氏。「基幹システムを構築していたデータセンターが BCP やファシリティ、人材に課題を抱えており、データセンター移設を検討していたことも、今回のプロジェクトが立ち上がったきっかけの 1 つです」と振り返ります。

こうして 2018 年に、調査・企画フェーズを実施。システム総費用の削減、ベンダーロックオンの解消、EDI 基盤の強化、リスクマネジメントといった観点からシステム課題を洗い出し、「10 年先を見据えた保守・運用体制の確立」、「“所有”から“利用”へ」、「冷蔵システムの基盤強化」の 3 つを目標に定めて、システムの刷新に着手しました。

安藤 氏は「まずはメインフレームをオープン化するところから検討し、そのなかでシステム総費用(開発コスト・運用コストなど)や DR 構成などを考慮した結果、クラウド化を決定するに至りました」と、オープン化とクラウド化を軸にプロジェクトを推進した経緯を説明します。

ストレートコンバージョンを採用し、ビジネスロジックを変えずに基幹システムのクラウド化を推進

本プロジェクトでは、2018 年に始動した調査・企画フェーズの段階から、システムベンダーとして BIPROGY株式会社(旧社名:日本ユニシス株式会社)が参画しています。安藤 氏は BIPROGY をパートナーに選定した理由として、マルハニチロ物流の基幹システムには同社のメインフレームが採用されており、既存システムや業務に精通しているメンバーが多いことを挙げます。こうしてマルハニチロ物流と BIPROGY の協力体制により、オープン化とクラウド化の詳細が検討されました。本プロジェクトでアプリケーション部分のリーダーを務めた BIPROGY 社会公共サービス第二本部 物流サービス一部 第三室 主任の阪田 佳亮 氏は、当時をこう振り返ります。

  • BIPROGY株式会社 社会公共サービス第二本部 物流サービス一部 第三室 主任 阪田 佳亮 氏

    BIPROGY株式会社 社会公共サービス第二本部 物流サービス一部 第三室 主任 阪田 佳亮 氏

「もともと、汎用機のシステムを扱える技術者の年齢が上がっているといった課題が顕在化しており、長期的な運用・保守を考えると現状のメインフレームのままでは難しいと考えていました。さらに今回は、ハードウェアを所有するシステム運用からシステムをサービスとして利用するスタイルへの移行や、東日本大震災を契機として BCP 強化といった要望もあったため、実現する手段としてクラウドへのマイグレーションを提案しました」(阪田 氏)。

クラウド化を推進するにあたっては複数のパブリッククラウドが比較検討された結果、マルハニチロ物流の主導で Microsoft Azure(以下、Azure)が採用されました。その理由を安藤 氏はこう語ります。

「弊社の基幹システムを熟知している BIPROGY は、クラウドへのシステム移行においても実績があり、なかでも Azure に関するノウハウが豊富です。BIPROGY が開発したオープン系勘定系システムを Azure にマイグレーションしたという導入事例が確認できたこともあり、最終的に Azure の採用を決定しました」(安藤 氏)。

さらに今回のプロジェクトにおいては、メインフレームで稼働している現行システムを、そのままクラウドに移行するストレートコンバージョンが採用されました。安藤 氏は、基幹システムのクラウド化でストレートコンバーションを行った理由について「ビジネスロジックを変えたくなかった」と説明。「システム自体を変えてしまうと、開発コストはもちろん運用コストや人的負荷も増大するため、システム目的の実現を考えるとストレートコンバージョンの選択は必然でした」と解説します。また、BIPROGY が汎用機の COBOL プログラムを OPEN COBOL 向けに変換するツールを他の案件向けに開発していたことも、大きな要因になったといいます。

COBOL → OPEN COBOL の変換ツールと現新比較テストで、効率的かつ信頼性の高いマイグレーションを実現

こうして、Azure へのマイグレーションが決まった本プロジェクトは、2019 年 4 月から本格的に始動します。安藤 氏と同じく 2006 年の既存システム構築時から関わり、今回の取り組みでプロジェクトマネージャーを務めたマルハニチロ物流 システム部 部長の尾崎 惠子 氏は、2021 年 9 月の本番稼働を目指して取り組みを進めていったとプロジェクトの流れを説明します。

  • 株式会社マルハニチロ物流 システム部 部長 尾崎 惠子 氏

    株式会社マルハニチロ物流 システム部 部長 尾崎 惠子 氏

「2019 年 4 月 1 日にキックオフした時点では本番稼働日を設定しておらず、その後の要件定義工程を経て本番稼働日 3 案を検討し、最終的に 2021 年 9 月下旬に決定。

要件定義及び論理設計工程では環境構築や各サブシステムの対応方針を決定し、物理・開発工程を経て 2020 年 8 月から結合テスト工程に入りました。

結合テスト工程では、テストシナリオの作成からテストまで弊社も加わり共同で実施。帳票に関しては 250 以上存在する全帳票全パターンのテストを実施するために、データ作成にも多大なる時間を要しました。また、テストを進めるなかで既存バグが確認される等さまざまな課題が顕在化したため大幅な遅延となりましたが、その後の受け入れテストと併行して進めることで期間短縮を図ることができました。

また、他プロジェクトの名古屋物流センター(自動倉庫)開業に向けたネットワーク整備やシステム対応、取引先緊急案件対応(新規 EDI 構築)も併行して進め、最終的には約 1 カ月遅れの 2021 年 11 月 8 日に本番稼働を迎えることができました」(尾崎 氏)。

  • 左から、名古屋物流センター、平和島物流センター、川崎第三物流センター

    左から、名古屋物流センター、平和島物流センター、川崎第三物流センター

本プロジェクトの計画段階からビジネスマネージャーとして参画している BIPROGY インダストリーサービス第二事業部 営業二部 第一営業所 グループリーダーの佐藤 亮介 氏は、結合テスト工程以降に障害が多発した原因について分析します。

  • BIPROGY株式会社 インダストリーサービス第二事業部 営業二部 第一営業所 グループリーダー 佐藤 亮介 氏

    BIPROGY株式会社 インダストリーサービス第二事業部 営業二部 第一営業所 グループリーダー 佐藤 亮介 氏

「既存システムの構築時から携わってきましたが、やはり深い部分でマルハニチロ物流様の業務を完全には理解できていなかったことが、テスト時の遅延につながったと考えています。時間的な制約があるなか、マルハニチロ物流 システム部様の協力をいただけたことで、どうにか巻き返すことができたと思います」(佐藤 氏)。

テスト工程の効率化においては、前述したストレートコンバージョンを支援する変換ツールが大きな効果を発揮したといいます。BIPROGY の阪田 氏は「他の案件向けに開発した変換ツールをチューニングして使用しました。実際にやってみると思ったように変換されていない箇所もありましたが、一から開発することに比べると大幅な開発期間短縮とコスト削減効果があったと考えています」と変換ツールの有効性を語ります。

また今回のプロジェクトでは、現新比較という独自のテストが実施されたことも大きな特徴です。現新比較テストとは、メインフレームの既存システムと Azure 上に構築したシステムに対して同一のデータを送信し、出てくる結果が同じものかを確認するというテストであり、品質のさらなる向上を図る手段として BIPROGY から提案されたと安藤 氏。「従来のテスト方式では、基本パターンやテストシナリオ作成にかなりのリソースを費やしていましたが、現新比較テストを採用したことで大幅に改善できました」と高く評価します。

BIPROGY の阪田 氏も「テストを行う環境とツールもこちらで用意しました。人による打鍵テスト・目視検証をツールで行うため、ある程度定量的に見える形で品質を担保することができたと考えています」と力を込めます。プロジェクトのテスト工程では、月末月初の本番環境から採取した約 80 万件のトランザクションをもとに現新比較テストが実行され、Azure 上のシステムで同様の処理が行えることを確認。このテストを実施したことで、テスト網羅性に基づきシステムの品質向上とテスト期間の短縮が図れました、とプロジェクトマネージャーの尾崎 氏も現新比較テストの効果を実感しています。

Azure の機能を活用した広域冗長化のアプローチで、効率的な DR 環境の構築に成功

先に述べたように、今回のプロジェクトでは DR 環境の構築も重要なミッションとなっています。当初は Azure の西日本リージョンを本番環境、東日本リージョンを災害時に切り替える DR 環境という構成を検討していましたが、マルハニチロ物流と BIPROGY によるディスカッションを経て、最終的には東西リージョンを論理的に同一のセンターと位置付ける「広域負荷分散」の考え方で冗長化するという手法が採用されました。

本プロジェクトでインフラ面のアーキテクチャ設計・構築を担当した BIPROGY プラットフォームサービス本部 アドバンスド基盤技術部 サービス基盤技術室二課 スペシャリスト 杉村 昌彦 氏は、プロジェクトを進めていくなかで、広域冗長化の DR 構成を提案したと経緯を語ります。

  • BIPROGY株式会社 プラットフォームサービス本部  アドバンスド基盤技術部 サービス基盤技術室二課 スペシャリスト 杉村 昌彦 氏

    BIPROGY株式会社 プラットフォームサービス本部 アドバンスド基盤技術部 サービス基盤技術室二課 スペシャリスト 杉村 昌彦 氏

「アイデアとしては以前から持っていました。東西のリージョンを効果的に連携できる仕組みが用意されている機能・サービスを選んでシステムを構築することで、切り替えの手間やデータロスといったリスクを抑えながら、2 つのサイトを有効に活用できる DR 構成を作り上げることができました」(杉村 氏)。

尾崎 氏も DR 構成を採用することでコストが増大することを懸念しており、広域冗長化のアプローチに注目したといいます。

「スケールアウト/インや、スケールアップ/ダウンを容易に行えるのがクラウドの特徴です。これを活かし、Azure の東西リージョンをひとつのセンターとして運用する広域冗長化により、コストを抑えながら BCP を強化することができています。もちろん、すべてのシステムが広域冗長化されているわけではなく、例えばマスターとなる DB などでは西リージョンにシステムを構築し、東リージョンにバックアップするという仕組みを採用しています」(尾崎 氏)。

また、マルハニチロ物流では今回のプロジェクトを機に、システムのダウンサイジングにも着手。システムのスリム化とコストの削減を加速させています。「開発コストとランニングコストの 2 つの観点から既存システムの資産数(プログラム数)とサブシステム・機能の処理数(ステップ数)を精査してダウンサイジングを行いました」と尾崎 氏。EDI 資産の再精査、配送機能と実績検索機能の再精査および専用伝票の廃止を実施し、結果としてプログラム本数を約 86.6 %、ステップ数を約 83.7 %削減した状態で Azure へのマイグレーションを実施し、システム総費用の大幅な削減を実現したと語ります。

「2006 年の稼働開始から多数のプログラムが導入された既存システムは、以前からスリム化する必要があると考えていましたが、単にシステムが安定する、速くなるというだけでは予算を確保することが困難でした。今回、Azure へと移行したことで、システムのスリム化=利用コストの削減につながることが提示でき、ダウンサイジングを実行することができました。ダウンサイジングは今後も継続して推進していく予定です」(安藤 氏)。

もちろん、システムのマイグレーションを実行する前にダウンサイジングができたことは、プロジェクト全体の開発期間短縮や開発コストの削減にもつながっています。

  • システム概要図

    システム概要図

Azure 移行をフックに冷蔵保管事業のシステム標準化を推進し、業界全体の活性化を目指す

こうして、テスト工程で発生した課題に対してマルハニチロ物流と BIPROGY が一丸となって解決を図りながらプロジェクトは進行し、2021 年 11 月に本番稼働を迎えます。前述したとおり、現新比較テストを実行したことでオペレーションに関するトラブルはほぼなかったといいます。「サブシステムとの連携で非効率的な処理があり、問題の切り分けに苦労しましたが、サーバーの性能を上げ、併せて滞留している処理に優先度を付けることで、当日中に解消できました」と尾崎 氏。12 月の繁忙期も問題なく稼働しており、メインフレームからクラウドへのコンバージョンによる障害は起きていないと語ります。安藤 氏も「調査・企画フェーズで洗い出した課題については、解決できたと考えています」とプロジェクトの成果を喜び、同社のデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)を加速させると確信しています。

「メインフレームのシステム基盤では、採用できるものが限られており、必要なアプリケーションをフルスクラッチで開発する必要がありました。Azure にマイグレーションしたことで、クラウドサービスを活用してアプリケーション開発にかかる時間とコストを抑えられるのではと考えています。クラウドサービスを効果的に利用できる環境が構築できたことは、マルハニチロ物流が推進していく DX 戦略のなかでも重要な意味を持ってくると思います。また今回の取り組みを踏まえ、冷蔵保管事業で利用するシステムの標準化にも取り組んでいきたいと考えており、BIPROGY 並びにマイクロソフトの更なるサポートを期待しています」(安藤 氏)。

BIPROGY の阪田 氏も「マルハニチロ物流様の基幹システムが Azure という基盤に移行できたことで、同業他社も採用する業界標準のシステムとして展開できればと考えています」と語り、同一のシステムを共有することが、業界全体のメリットにつながるはずと展望を語ります。

また安藤 氏は、マルハニチロ物流 システム部の人材育成においても、BIPROGY のサポートを求めており、併せてマイクロソフトにも、Azure の最新情報を共有してもらえればと期待しています。

「本プロジェクトは、データセンターの移設やソフトウェアの保守終了といった要因で時間的な制限があり、BIPROGY の技術者に任せきりの面が多く、Azure を扱える社内技術者の育成が行えませんでした。また、今回はシステム部主導で進めたインフラ基盤の刷新プロジェクト(DX 第 1 フェーズ:ウォーターフォール型)でしたが、その先には全社一体となって進めるアプリケーション強化(DX 第 2 フェーズ:アジャイル型)を次年度以降に予定しており、来るべきプロジェクトに備えて人材を育成し、システム部の体制を確立する必要があります。BIPROGY のメンバーには、次期プロジェクトの支援だけにとどまらず、システム運用に必要な判断力を持つ人材の育成も支援いただきたいと考えています。我々は Azure 1 年生ですので、マイクロソフトが実施するセミナーなどの情報も共有いただき、“Azure を活用できるシステム部”を構築していきたいと思っています」(安藤 氏)。

マルハニチロ物流が見据える第二フェーズ以降の DX 戦略と、基幹冷蔵システムの標準化に向けた取り組みには、今後も注視していく必要がありそうです。

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