時折大きな問題となる「食品偽装」。最近はあまり耳にしませんが、過去の食品偽装問題を教訓とし、食品偽装は根絶されたのでしょうか。それとも、相変わらず行われているけれどそれが発覚していないだけなのでしょうか。
最近は食品偽装が無くなった?
野菜も肉も魚も、多様な種類があり、育て方によって、味や含まれる栄養素に微妙な違いが出てきます。産地にこだわる人も多く、有名なブランド品があったり、一方で無名の商品もあったりします。産地や育て方などの違いにより味も変わるでしょうが、それ以上に売れ行きや売値が大きく変わります。くわえて、多くの食品には鮮度が重要であり、賞味期限、消費期限を超えて販売出来ないため、大量に売れ残ってしまい処分(廃棄)することになれば大きな損失を出すことになります。
実行する側からすれば、食品偽装は損失を減らし利益を生むというメリットのある行為なのです。昨今、冷凍技術や流通技術が発達し、簡単に、地球の裏側からでも食品を持ってこられるようになりました。冒頭に触れたとおり、最近ではあまり耳にしないものの、「明るみになっていない食品偽装」は実は身近にあるのかもしれません。
食品偽装の種類。どんな食品が偽装されやすいか?
ここで取り上げている食品偽装ですが、どのような種類があるのでしょうか。一般に食品偽装は「種類・生産地、原材料、消費期限、食用の適否」などを偽装することと定義づけられます。
表1. 食品偽装の種類 |
生産地の偽装 |
原材料の偽装 |
消費期限や賞味期限の偽装 |
食用の適否の偽装 ※食用でないのに「食用」と偽ること |
過去に大事件となった食品偽装を振り返りますと、単なる偽装が、次で挙げるような、「結果として大変な健康被害を引き起こす重大な事件に発展したケース」が少なくありません。
中国 粉ミルクへのメラミン混入事件 中国で発生した、「粉ミルクへのメラミン混入事件」を覚えている人も多いのではないでしょうか。この事件では乳幼児を中心に多数の入院患者を出し、死者まで出してしまいました。メラミンは樹脂の1種で食器の材料にも使われる、どちらかと言えば毒性の少ないことが知られている物質です(「メラミンスポンジ」などという名前で掃除用のスポンジが売られているのをご存じかもしれません)。ただし、食用ではないため大量に摂取すれば毒性を示します。メラミンを使って、薄めた粉ミルクを濃く見せるという方法を最初に誰が思いついたかは分かりませんが、乳製品を製造する多数の中国企業が、牛乳中の蛋白質量を多く見せるためにメラミンを混入していたことが判明しています。この事件は食品ではないものを食品に混ぜて誤魔化すという食品偽装事件といえます。 |
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また、下で紹介するように、健康被害は引き起こさないまでも、付加価値の高い製品ブランドを下降しかねないようなケースも多く発生しています。
日本でも人気が出つつある「バスマティ米」の偽装 バスマティ米は近年日本でも人気がでつつある米の品種です。インド・パキスタン原産で、良い香りがするパスマティ米は、別名「香り米」とも言われています。海外では昔から人気がありますが、いったん収穫してしまった後は(特に精米した後には)「バスマティ米かどうか」が見分けづらく、バスマティ米の高付加価値とあわさって、昔から偽装のターゲットになっているのです。その手法も様々で、似た形の米にバスマティ米の香りだけを足したり、バスマティ米に安価な別の種類の米を混ぜたりして偽装されています。ただし、現在では、DNA分析により明確にバスマティ米かどうか、他の種類の米が含まれているかどうかを見分けることは可能です |
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海外だけでなく、日本でも過去、肉・牛乳・お菓子などの食品偽装事件が世間を揺るがし、健康被害を引き起こしたり、健康被害は無いもののブランドイメージを著しく傷つけてしまったような事件が起こっています。また、肉の偽装事件も発生しています。豚肉と牛肉に混ぜた事案や、外国産牛肉に国産牛肉のラベルを貼り高値で販売した事案などは、記憶に新しい読者も多いのではないでしょうか。
また、食品に含まれるアレルギー性物質による健康被害も、ときおり問題となっています。日本ではエビやカニといったアレルギー性物質を含む食品、および製造工程でアレルギー性物質を使用する場合、表記が義務づけられています。しかしそれがきちんと表記されてなかったり、内容を偽ったりした場合、それを食べた消費者が、ごく微量含まれるアレルギー性物質で症状を起こしてしまうことがあります。こういった事案も、表記と異なる食品を販売した食品偽装(食品表示偽装)といえます。アレルギー反応は非常に微量の含有成分で発生するため、防止するためには、原材料や完成した商品を高度な分析方法を使ってチェックする必要があります。アレルギー性物質の分析については、下記のような方法がポピュラーなものと言えるでしょう。
食品製品中のアレルギー性物質の分析 牛乳、小麦、エビ、カニ、ソバ、卵、落花生などは、本当に極めて微量であっても、アレルギー体質の人に健康被害を起こしてしまいます。たとえ食べた加工食品がそれらの原材料を使わない食品だったとしても、前日に同じ生産ラインでアレルギー性物質を含む加工食品を生産していた場合に、その残りが混入してアレルギーを引き起こことすらあるのです。このように極めて微量でも問題となるアレルギー性物質の分析には主にELISA(エライザ)法と呼ばれる手法が使われます。この方法はアレルギー性物質に特異的に結合する抗体を使った、高感度な分析方法で、例えば1グラム中に1マイクログラム(100万分の1グラム)含まれているアレルギー性物質も検出可能です |
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どうすれば食品偽装は見破れる?当局の取り締まりは?
食品偽装への対応として、農林水産省などの機関では、小売店を巡回し検査を行う形で、食品偽装をさせないよう監視を行っております。
一方、大手食品メーカーなどでも、自らが食品偽装を行わないよう細心の注意を払っています。これは、食品メーカー自身が食品偽装などするつもりが無くとも、結果として食品偽装食品を販売してしまうことがありえるからです。
表2. 意図しない形で、食品偽装食品を販売してしまうケース |
食品を製造するために仕入れた食品の表示が偽られていた場合 |
製造上の不備により、アレルギー性物質や、その他、健康被害を起こしかねない物質が混入してしまう場合など |
あくまで傾向の話ですが、海外の食品メーカーは完成品の品質チェックを重点的に行う傾向があり、日本の食品メーカーは、仕入れる原材料のチェックに重点を置く傾向があるようです。いずれにせよ、意図する偽装ならまだしも、意図しない偽装で企業イメージを損失してしまうことは、リスク以外のなにものでもないといえるでしょう。
食品を分析する分析装置
食品偽装、成分表示の間違いを見つけ出す場合、科学分析の力に頼るのは有効な手段だといえます。具体的な分析方法としては、含まれる蛋白質の量を調べることのできる「タンパク定量」、特定の蛋白質の量を測定出来る「ELISA」手法、また、動植物間のDNAの相違検出や、PCRやDNAシークエンサーと呼ばれる装置を用いて産地・種類を調べることもできます。
含まれている添加剤・色素・農薬を検出したり、含有脂質や多糖などを分析する場合には、含有する物質を分子レベルでプロファイリングするための液体クロマトグラフィー(LC)やガスクロマトグラフィー(GC)と呼ばれる装置と、質量分析装置(MS:マス・スペクトロメトリー)を連結した、LC/MS、GC/MSなどが使われます。
多くの大手食品メーカーには安全性についての研究所をもっており、前述の各種分析機器を駆使し、原材料や(出荷する前の)完成した食品、加工食品の分析を行っております。また、効率良く高い精度で分析を行うための技術も同時に磨いているそうです。
偽装有無を科学の力で見える化する最新機器「REIMES-iKnife」
「意図しない食品偽装」を引き起こさないことは、企業リスクを発生させない為の重要なファクターであるといえます。そこには先に述べたような分析機器の力が必要不可欠になり、各分析機器メーカーも、そこへの製品による支援を行っております。
質量分析計の大手メーカーである日本ウォーターズが6月に市場に発表した「iKnife」(アイナイフ)と呼ばれる製品もその1つです。これはiKnife サンプリング機能搭載 REIMS(Rapid Evaporative Ionization Mass Spectrometry:急速蒸発イオン化質量分析法)研究システムという製品で、手術で使用される高周波電気メスが細いチューブで質量分析装置と連結されています。この電気メスで分析したい食品(たとえば肉など)に触れると、触れた部分が焦げ、イオン化された肉の含有成分が質量分析装置に送られ、瞬時に分析されるというものです。
iKnife サンプリング機能搭載 REIMS 研究システムの質量分析装置では、検出された物質を分析するために、「多変量解析」「主成分分析」と呼ばれる高度な分析メカニズムが搭載されています。これにより、たとえば3つの食品について成分比較を行いたい場合、まず2種類の食品をiKnife サンプリング機能搭載 REIMS 研究システムで測定した後に3番目の食品を分析することで、前の2種類のどちらに近いかを、成分の比較により判断することができるのです。
上の図は、牛肉と馬肉を分析した際に検出された結果を示していますが、差は歴然で、間違う可能性がないほどの成分の差をみてとることができます。「馬肉と牛肉なんてそもそも間違えないだろう」と思われるかもしれませんが、実際に2013年イギリスで、牛肉と偽って馬肉を売るという事件が報告されております。
iKnife サンプリング機能搭載 REIMS 研究システムがあれば、瞬時に分析した食品のプロファイルを確認することが可能となります。さらに、このシステムは馬肉と牛肉といった分かりやすい判別だけでなく、同じ牛肉でもたとえば、食べている穀物の種類や産地も見分けられる可能性があるのです。また、肉だけにとどまらず、野菜や魚など、ほとんどの食物を調べることが可能です。
食品偽装対策のこれから ~流通もスーパーも、自分で調べられる時代へ
大手食品メーカーは、原材料の偽装を防ぐことで自らが食品偽装をしないよう、科学技術の力を駆使しています。そこに用いられる分析装置は、いずれ中小の食品メーカーにも普及していくかもしれません。分析装置の導入にはコストがかかりますが、過去の事件が示すように、いったん事件を起こしてしまうとそのブランドイメージの低下は致命的なものとなってしまいます。分析機器の導入は、リスク対策という点では、コストに見合う価値があるといえるでしょう。
ところで、著者は最近、大手の冷凍倉庫会社の方がこういった分析機器に興味を示している、という話を聞くことができました。今や流通関係者が自ら、食品偽装がされていないことを確認する時代なのかもしれません。さらに進んで、スーパーマーケットなどが店舗で販売している商品をチェックすれば、消費者は安心ですし、店舗自体のウリにもなるでしょう。
海外から多数の食品が新たに国内市場へ流通されるといわれるTPPの採択が検討されている今。流通の川上から川下に至るまで、食品偽装を見逃さない、そんな科学の目が活躍する場が今後増えていくと予想されます。
著者プロフィール
fetuin(ふぇちゅいん)
理学博士、ライター、ブロガー
ちまたに溢れる勘違い健康ニュースに呆れ果て、正しい情報を伝えるべくブログ「Amrit不老不死研究ラボ」を始めたのが15年前、最近は、自宅で遺伝子実験を夢見てブログ「バイオハッカージャパン」を更新中。
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