「研究費」と聞いて若手研究者や学生の方が頭に思い浮かべるのは、一番馴染みのある科研費ではないでしょうか。しかしながら、研究費と一口に言っても実はさまざまな種類のものがあります。そこで本連載では、日本国内における各種研究費について紹介していきます。

第4回は、クラウドファンディングによる研究費調達について、学術系クラウドファンディングサイト「academist」を運営されているアカデミストの方に解説いただきます。


米国から始まった研究費クラウドファンディング

インターネットを通じて少額の資金を群衆から募るクラウドファンディング(Crowd:群衆+Funding:資金調達)が流行しています。当初は映画制作や音楽活動、災害の復興活動などのために利用されることがほとんどでしたが、近年では科学研究にもクラウドファンディングが活用されはじめています。

2012年4月にスタートした米国シリコンバレー発の「Experiment」は、世界で最も規模の大きい研究費獲得のためのクラウドファンディングサイトです。Experimentでは、各分野の研究者が研究アイデアをサイト上で紹介し、不特定多数の個人が興味のある分野に対して金銭的支援を行います。

たとえば、蒸気機関車から出ている排気ガスの状況を調べることを目的としたプロジェクト「Do coal and diesel trains make for unhealthy air?」では、線路周辺に住む住民の方々を中心に261名から資金が寄せられて、目標金額の$20,000を達成しました。

目標金額とは、研究を遂行するために必要となる最低限度の研究費を意味しており、Experimentでは、あらかじめ定めた目標金額を達成しない限り、それまで集めた支援金を得ることのできない「all or nothing」方式を採用しています。支援者は支援の見返りとして、チャレンジャーの専門家から定期的な研究進捗レポートを受け取ることができます。Experimentではこれまでに、1000件以上の研究プロジェクトに対して、3万人近くの支援者から、のべ6億円以上の研究費が集まっています。

「Experiment」Webサイトイメージ

日本での研究費クラウドファンディングの事例

Experimentが始動した同年2012年、日本初となる研究者によるクラウドファンディングが行われました。2012年のノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学 iPS細胞研究所(CiRA) 所長 山中伸弥教授によるチャレンジです。山中教授は、CiRAの研究活動を支えるための資金を、日本最大のファンドレイジングサイト「JapanGiving」で募り、2000名近くの方々から2000万円を超える研究費を集めました。

また、2014年4月には研究費獲得に特化したクラウドファンディングサイト「academist」がスタート。academist第一弾のプロジェクト「深海生物テヅルモヅルの分類学的研究」は、キヌガサモヅルという生物をDNA解析で分類する研究を行うための試薬購入費用を募るものでした。支援額に応じて受け取ることのできるお礼品「モヅルTシャツ」「モヅル乾燥標本」などが人気を呼び、81名の支援者の方々から総額63万4500円の資金が集まりました。決して巨額の研究費ではないかもしれませんが、academistは数理物理学、歴史学、考古学など、基礎研究を中心として実績を重ねており、これまでに約30名の研究者が、約3000名の方々からのべ3000万円を集めることに成功しています。

「academist」のしくみ

academist以外でも研究費をクラウドファンディングで募る取り組みは行われています。日本最大級のクラウドファンディングサイト「ReadyFOR?」では、日本人のルーツを探るためのプロジェクト「国立科学博物館新たな冒険! 3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」が目標金額2000万円を達成。また、同じくクラウドファンディングサイト古参の「Campfire」でも、近畿大学が新たなソウルフード「近大ハニー」を販売するなど、クラウドファンディングで研究を加速させる取り組みは年々増えてきています。

「Campfire」の「近大ハニー」プロジェクトサイトイメージ

研究費クラウドファンディングの特徴

それでは、クラウドファンディングによる研究費募集には、どのような特徴があるのでしょうか。

1. 高い自由度

クラウドファンディングでは、好きな時期に、好きな研究テーマで、必要な金額を募ることができます。たとえば、翌年の科研費申請を見越した時期に、前例となる研究が少ないテーマで、予備実験用の装置製作費用を募るということも可能です。実際に、京都大学 榎戸輝揚特定准教授と理化学研究所 湯浅孝行特別研究員(2015年10月当時)のacademistプロジェクト「カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!」では、雷雲からのガンマ線を検出する装置製作費用をクラウドファンディングで募り、予備実験を行い、その実績をもとに科研費を獲得されました。その他の事例でも、出張費用や試薬費用など、そのときどきで必要な研究費をピンポイントで募るプロジェクトが多い傾向にあります。

「カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!」のプロジェクトページ

2. 高い達成率

達成率の高さも特徴のひとつです。Experimentでは50%弱(514件/1064件)、academistでは80%強(25件/29件)が目標金額を達成しています。必ず成功するとは言い切れませんが、既存の研究費と比較すると高確率で研究費を得ることができます。

3. 効果的なアウトリーチ活動

クラウドファンディングでは、研究内容に共感した方々からの支援が集まります。逆にいえば、「研究者を応援したい」「研究内容がおもしろい」と思われない限りは、支援は集まりません。そのため、準備段階から、どのような方々に、何を伝え、どう情報発信を行うかということを具体的に決めたうえで、戦略的にプロジェクトを進めていくことが必要です。アウトリーチ活動の成果が支援者数や支援金額のような数字に現れるシビアな一面もありますが、クラウドファンディングの仕組みを上手く活用できれば、効果的なアウトリーチ活動が行えます。

得られるものは研究費だけではない?

好きな時期に、好きな研究テーマで、必要な金額を募ることができて、成功率が80%。これだけを聞くとメリットだらけの仕組みであるように思えますが、もちろん長所だけでありません。研究アイデアを公開することになるため、アイデア盗用のリスクは否定できませんし、何よりもプロジェクトの公開準備や宣伝活動に時間を割くことになります。ですので、研究や論文執筆を優先的に行わなければならない研究者の立場からすると、チャレンジ自体が負担になることは否めません。

しかし、クラウドファンディングで得られるものは研究費だけではないこともまた事実です。クラウドファンディングで研究内容を宣伝した結果、メディアからのインタビュー取材を受けた事例や、講演依頼を受けた事例、共同研究者募集に成功した事例など、派生的な活動につながったプロジェクトも数多くあります。また、支援者の方々からのコメントを読んだチャレンジャーから、「自分の研究を応援してくれる人がいることが嬉しい」「研究のモチベーションが上がった」という感想をいただくこともあります。クラウドファンディングは、資金的サポート以外にも、さまざまな副産物がある仕組みといえます。

国の予算が次第に削減されていく中で、既存の科研費や運営費交付金、民間助成金以外の選択肢として、クラウドファンディングが現実的なものになりつつあるのではないでしょうか。

著者プロフィール

アカデミスト
2014年4月に日本初となる学術系クラウドファンディングサイトacademistをリリース。
academistは、さまざまな分野の研究者が、研究内容の魅力を文章や画像、動画を用いて発信することで、資金的または人的サポートが得られる環境を構築することを目指したWebサービスです。