2013年10月より、電気自動車カーシェアリングサービス「チョイモビ」が横浜市ではじまった。このサービスは、スマートフォンで事前予約することで、街中のちょっとした移動に超小型の電気自動車を利用できるといった試みだ。移動の質を高めるための、まちづくりの実証実験でもある。

このほど、「チョイモビ」サービスの企画を担当する日産自動車の小林氏と、ITを使ったものづくりで開発支援を行うプロトラブズ社長トーマス・パン氏の両者による、「モノづくりからコトづくりへの実践」で起きていることについての対談が実現した。本稿では、前後編の2回にわたってその内容をお伝えしよう。

「見る」と「乗る」では大違い

トーマス・パン氏(以下パン氏): さきほど「チョイモビ」で、街中を運転させていただきました。最初はアクセルを踏む時に、電気自動車の加速が少々不安だったんですが、走ってみるとむしろ軽自動車よりも加速が良いと感じました。車体のコンパクトさも、自分の後ろがないような感覚で、運転しやすいですね。

小林慎吾氏(以下小林氏): 「見る」と「乗る」とでは、だいぶ感覚が違いますよね。乗ってみれば普通の車と変わりませんし、大きな車が近づいても、あまり怖くはないと思います。

パン氏: そうそう、運転中に10人ほどの幼稚園児たちが横断歩道を渡っているときに、全員がこちらを見ていたので、手を振ったら、振り返してくれました。

小林氏: デザインのせいなのか珍しさのせいなのか、老若男女問わず、街中で声をかけられる機会が多いんです。私も、道路脇にちょっと停めたら、ご年配の方が駆け寄ってきたことがありました。駐車違反で怒られるのかな、と思ったら「これかわいいわね! どうしたの」って(笑)。窓が無いからかもしれませんが、外部とのコミュニケーションが生まれやすい車だと思います。

パン氏: それはテーマの一つなんでしょうか?

小林氏: そうですね。移動の形態が変わる新しいモビリティということに加えて、コミュニケーションが生まれるというのは大きなポイントかと思います。「乗って楽しい」というのは、すべての基本ですから。

パン氏: 乗っているだけで声をかけられるというのは、普通の車じゃありえない楽しさですよね。

新しいモビリティのかたち

パン氏: チョイモビは、どのようなユーザーが利用しているのですか?

小林氏: 30~40代の男性が8割、女性が2割ですね。利用にスマートフォンが必要なので、このような構成になっているのかもしれません。地域別では神奈川県内のユーザーが4分の3を占めています。現在の会員数は5,300人となっています。

利用目的は観光が多く、あとはビジネスでの移動や "ちょい乗り" ですね。走行データを分析すると、我々がもともと想定していたワンウェイ(乗り捨て)利用の比率が、8割5分から9割となっています。平均走行時間は15分ほどです。まだサービスを始めて3カ月なので、もっと分析する必要があります。

パン氏: あの車は、どこで製造しているのでしょうか?

小林氏: チョイモビのベースとなっているのは、「トゥイージー」という車です。これは、日産のアライアンスパートナーであるルノーが開発し、スペインの工場で生産しているものです。2012年の3月に発売を開始し、昨年末までに12,000台が販売されました。

ヨーロッパではあの大きさがカテゴリとして認められているのですが、日本にはまだ該当するカテゴリがありません。原付と軽自動車の中間カテゴリを創出するために、国交省から特別な認可をいただいて、今は実証実験として走らせています。

パン氏: 逆に軽自動車は、海外にはない日本特有のクラスですよね。軽自動車とは、競合しませんか?

小林氏: 軽自動車とは戦わない前提で考えています。「窓やエアコンは無いの?」という質問をよくいただくのですが、これ以上大きくすると軽自動車になってしまうので、あくまでも「違うもの」という方向性です。

パン氏: 実証実験の期間は決まっているんですか?

小林氏: 横浜市では1年間です。今後は、日本各地で走らせながら成功事例をつくり、2016年までには、国土交通省が新しいカテゴリの創設、実用化を計画しています。

パン氏: チョイモビを成功させるには、どんなことを達成しないといけないのでしょうか?

小林氏: まず、お客様に使っていただいて「本当に便利だね」「これはあったほうが良いね」と思っていただくことが必要です。我々も民間企業なので、儲かるかどうかという判断はあるものの、社会に新しい価値を生み出すことができるかどうかが、一番のポイントだと思っています。そのために実証実験を行っています。

関係性から生まれる「コトづくり」

日産自動車 ゼロエミッション企画本部
主管 小林慎吾氏

パン氏: チョイモビのような超小型車は、欧州では既に市販されているということですが、欧州のニーズと日本のニーズは違うものなのでしょうか?

小林氏: 狭いところに入ることができる、ちょっとした距離を移動できるといった、新しいモビリティとしてのニーズは共通していると思います。また、電気自動車には排気ガスを出さないというメリットがあるので、日本の場合、世界遺産の平泉や瀬戸内海の離島などにおける観光用途で使ってもらうことを考えています。ほかにも、お医者さんの訪問診療車や、地域の安全のために見回る「青パト」など、さまざまな活用の方法があると思います。

いままで我々は、自動車製造販売メーカーとして、車をつくって「買ってください」と言って終わっていました。チョイモビはそのようなアプローチではありません。使い方を教えるのではなく、さまざまなステークホルダーと一緒になって考えていきます。

パン氏: 多くの社外関係者と共同で新しいコトづくりの開発に取り組むというのは、斬新な試みですね。

小林氏: おっしゃる通りです。たとえば、「チョイモビ」の特徴は、ワンウェイでの移動にありますが、その基礎となるのが駐車と充電に必要なステーションです。現在、横浜市の中心街に約60ヶ所、120台分の駐車スペースを用意していますが、それはすべて地元の企業や文化観光施設に無償で貸していただいたスペースです。その交渉は、横浜市の担当者と一緒に行いました。

パン氏: 日産が民間企業としてお願いしているのではなく、あくまでも自治体の取り組みの一環、というわけですね。

小林氏: はい。去年の夏、汗だくになりながら一軒一軒まわってコンセプトを説明し、その趣旨に賛同していただけた方々のおかげで、現在のサービスが運営できています。

私たち日産は「モノづくりから、コトづくりへ」と宣伝していますが、多くのステークホルダーと協力しながら、モノとサービスが合体したかたちを生み出そうとしています。これは、今までにない新たな取り組みなんです。

枠組みを突破して価値を創る

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏: まさに未来的な感じがしますね。私の父の年代だと、モノが無かったので、「モノが欲しい。モノがあることが幸福だ」という時代で、選択肢もあまりありませんでした。今は本当に自分で欲しくて、合ったモノが選ばれる時代です。チョイモビは、スマートフォンありきという時代を見据えて、それをどう使っていくか、という「仕組み」をつくっているわけですね。

スマートフォンやインターネットといったITを使うというのは、我々プロトラブズのものづくりとも直結しているものです。今まではモノだけ、ソフトウェアだけが商品として独立していたのが、混ざりあって大きな付加価値が生まれている部分には、大いに共感できます。

小林氏: メーカーというのは、技術やノウハウを過去の経験の延長線上で、改善したり磨き上げることは得意なんですが、ある一定のルール・枠組みの中でしか考えられないんです。

我々のチームは、そこのループから抜け出して、モノだけのイノベーションでなく、ビジネスモデル・イノベーションも目指しています。実は、「チョイモビ」もその方向性における、一つのピースに過ぎないんです。

新たなモビリティサービス「チョイモビ」も、日産の考える未来をかたち作るためのひとかけらだった。次回は、「チョイモビ」が生まれた背景から、革新的なアイデアをかたちにしていくまでのプロセスのストーリーを紹介する。