いまや産業機器などの要素部品として必要不可欠な存在となった「LMガイド」。直線運動部の"ころがり化"を実現することで、産業機器の高精度化、高速化、省力化などのメリットを享受できるようになり、今やその適用範囲もナノメートル単位の精度を要求される超精密測定機器から、工作機械、半導体製造装置、鉄道車両、医療用機器、果ては地震対策としての住宅/ビルといった分野まで幅広いものとなっている。同技術を開発し、製品として展開しているのがTHKだ。

同社の経営理念は、「世にない新しいものを提案し、世に新しい風を吹き込み、豊かな社会作りに貢献する」というもの。そうした、世にない新しいものを生み出す新事業として同社が今挑戦しているのが、誰でも簡単にロボットを作れるようにすることを目指した「ロボット要素部品・技術」の開発である。

ロボット開発者を苦しめる開発負担をMATLABとSimMechanicsが払しょく

同事業が目指すのは産業機器とホビーの中間領域。ホビーユースよりも高精度ながら、比較的安価なコストで高性能なロボットを作りたいという企業ユースにマッチしたものを提供することで、将来立ち上がるであろうロボットサービスベンダなどの製品開発を支援しようというものとなっており、この製品開発にMATLABとSimulinkのオプション製品「SimMechanics」が活躍しているという。

THK 技術本部 事業開発統括部 永塚ビジネスユニットの椎木靖人氏

「現在、ロボットの研究開発はアクチュエータやコントローラなど、何から何まで研究者が手作りしている。しかし研究者の多くは、ロボットそのものを作るのが目的ではなく、その先にあるロボットを活用したサービスをいかに実現するかに注力したいと思っている。だからこそ機械要素部品メーカーとして技術を養ってきたTHKが、ロボットの要素部品開発という部分を肩代わりできればと思って、このビジネスがスタートした」と語るのは、今回のロボットソリューションの開発を担当したTHK 技術本部 事業開発統括部 永塚ビジネスユニットの椎木靖人氏。

具体的に、どのようにMATLABとSimMechanicsを活用したのかというと、ロボットの動作方法に関する検討、および検証をする際に適用したという。ロボットの制御系設計をするために、まずはロボットの運動方程式を立てたうえでシミュレーションに落とし込み、各アクチュエータに必要となる力や速度などを考慮して、アクチュエータの選定や制御則を決定する。次に実機へと実装するが、運動方程式が間違っていれば、ロボットを想定どおりに制御することができない。そうすると、ロボット自体を破壊する可能性が出てくるため、運動方程式を立て直すところからやり直さなければならない。従来は、この運動方程式の導出を手計算で行っていた。1軸(1自由度)や決まった動作をするだけの用途なら、人力による手計算で何とかなるが、自由度が増えれば増えるほど、また汎用性を持たせようと思えば思うほど、全関節の動作時における相互作用についての複雑な計算式も解かなくてはならない。その結果として、手戻りの頻度が高くなってしまい、開発には莫大な手間がかかることになる。

実際に同社でもパラレルリンクロボットを研究用として開発したが、手計算の場合、試行錯誤の期間もあったとするが、実に2カ月を要したという。しかし、これをMATLABとSimMechanicsに置き換えたところ、CADから質量などの詳細な物理データを含むシミュレーションモデルにダイレクトに変換できるため、シミュレーション上のパラメータを変更するだけで、各部位における最適なトルクや速度が計算可能となり、どのアクチュエータが最適かということを簡単に導くことができるようになったという。置き換えた当時はSimMechanicsの使い方を模索しながらのスタートではあったものの、最適解を出すまでに半月程度で済み、現在では1日もあれば最適解を出せるようになったという。

「実際にMATLAB、SimMechanicsを使い始める時には、ここまで一貫してソフトウェア上でできるようになるとは思わなかった」と椎木氏は語る。というのも、最近の産業機器分野では単にロボットのアームやハンドが動けば良い、というものではなく、マシンビジョンによりターゲットだけを高速にピックアップする、といった複合的な作業が求められており、そうした機能もMATLABだけで実現できるからだ。画像処理を行う際に使われるものとして、OpenCVなどの様々な画像処理ライブラリが存在するが、MATLABでもコンピュータビジョンがサポートされている。そのため、他の画像処理ライブラリの使い方を覚えて導入する必要がない。椎木氏も、「開発において、画像処理と実際のロボットの動きをどうやってマッチングさせるかが1つの課題であったが、MATLABという1つの言語だけでこれを実現できたのは、エンジニアの学習負担軽減という意味でもメリットがあった」と語る。

顧客のロボット開発ニーズに応えるソリューションを提供する

話が前後するが、実は同社、ロボット開発には一日の長がある。というのも、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームで使われているEVA支援ロボットのロボットハンドなども手掛けてきた背景がある。そのような経験から、ユーザーが目的のロボットを製作する際に、簡単にハードウェアを構築できるようなRT(Robot Technology)システムソリューション(SEED Solutions)を提供すべく開発が進められてきたわけだ。このソリューション活動について同社では、将来的にではあるが、コントローラドライバ「SEED Driver」と各種アクチュエータの特性などを取り入れた、MATLABに対応するSEED Driverのオプションパッケージを提供することも視野に入れている。MATLABとの連携も可能なSEED Solutionsを用いることにより、シミュレーションから実機の制御まで、誰もが簡単にロボットを開発できるような環境の整備が進むといったことが期待できる。

コントローラドライバ「SEED Driver」と、各種アクチュエータを組み合わせて、必要なロボットを簡単に構築することが可能となる

リーズナブルに提供されるSEED Solutionsを使うことで、手軽に高性能なロボットを実現できるとなれば、ロボット開発者および一般消費者がさまざまな用途に展開する可能性が出てくる。これにより、かつてMicrosoftがKinectを提供することで、安価にコンピュータビジョンを活用できるような流れを創出したように、ロボット分野でも同等の現象が起こるかもしれない。同社でも「これまで敷居が高いと思われてきたロボット開発において、SEEDを使えば簡単にシステム構築できることを知ってもらい、ロボット市場に新規参入しようとしている異分野メーカーなどにも活用してもらいたい」としており、国内外問わず、新たなロボットビジネスを立ち上げたいという意欲を見せる企業などに対する支援を行うことで、将来的なサービスロボット市場の形成などを実現していければと期待を語っている。