日本は東日本大震災以降、原子力発電所(原発)の稼働停止などに端を発した電力不足問題は、2年以上経過した現在でも続いている。元々、各時間帯の発電量は、電力会社があらかじめ供給の予備力を持たせた形で予測した使用量に基づいて決められてきたが、東日本大震災以降は供給予備力の十分な確保が厳しく、節電など需要家側とも相互協調を図りつつ、高品質な電力を供給することが求められるようになっている。

また、昨今太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーが急激に普及してきており、従来の送配電網ではそれら小型発電で生じた電力が逆潮流などを引き起こし、送電される電力そのものの品質を低下させる可能性が懸念され、そうした次世代の発電技術なども含めた、電力の発送電と消費の最適化を図っていく必要性が語られるようになってきている。

そうした全体最適を図る技術の1つとして提唱されているのが「デマンドレスポンス(DR:Demand Response)」だ。経済産業省(経産省)ではDRについて、「卸市場価格の高騰時または系統信頼性の低下時において、電気料金価格の設定またはインセンティブの支払に応じて、需要家側が電力の使用を抑制するよう電力消費パターンを変化させること」としている。

デマンドレスポンスにより、各家庭やオフィス、マンションなどから送られてくる電力の消費状況データなどを供給側が受けることで、リアルタイムに近い形でピークカットやピークシフト、電力の使用抑制などを図ることができるようになる

このDRを実現するためには、各家庭(HEMS)やオフィス(BEMS)、集合住宅(MEMS)などで必要とされる電力を個別に監視し、その家屋や地域などの各単位で最適化を図っていく必要がある。そうした課題の解決に向けて取り組んでいるのが、早稲田大学の先進グリッド技術研究所 EMS(Energy Management System)新宿実証センターだ。同センターは、経産省の実証事業に応募して25の企業と共同で各種の実証実験を行っているほか、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業であるCRESTとして採択された「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」の1つである「協調エネルギー管理システム実現手法の創出とその汎用的な実証および評価の基盤体系構築」などの取り組みを進めているDR技術の一大研究拠点である。

そんな同センターが現在注力して研究を進めている技術の1つが「HEMSによる自動節電制御」だ。現在の電力不足問題に加え、電気自動車(EV)/プラグインハイブリッド車(PHEV)といった大電力機器の急速な普及や高齢化の進展による在宅率の増加に伴う消費電力の増加などが将来的に起こることが考えられ、その時までに誰でも手軽に電気の上手な使い方を実現するためのシステムの実現が求められるようになることは想像に難くない。

すでにHEMS対応機器向けに日本では「ECHONET Lite」が、米国でも「SEP/SEP 2.0」といった標準インタフェースが策定され、それらの規格に準拠した機器同士が連携することが可能となっているが、まだ自動化は実現されておらず、同センターが大学という中立的な立場で各業界と連携を取って、その実現に動いているというわけだ。

こうした実証実験は、もちろん実際の機器を用いた形で行われるが、実際に入手しづらい機器などもあったり、太陽光の出力データのように現地でしか入手できない情報もあるわけで、そうしたものを含めたシミュレーション上での効果検証と組み合わせて行われており、シミュレーション上で太陽光発電から出力される電力情報などをSimulinkで設計することで、実際の機器の代用として活用したりといった取り組みが行われているという。

HEMSを活用した自動節電制御のイメージ。このHEMSの一連の流れなどを作成するベースとしてSimulinkが活用されている

一方、全体最適化には需要家側だけでなく、需要家に電気を供給している系統側に関する研究も同時並行的に行い、それを連動させていく必要があり、同センターではそちらの研究も進められている。こちらは、各家庭などに向けた電気を供給するための配電システムとして「配電系統制御模擬システム(ANSWER)」を用いて実験が行われているが、その制御にはMATLABが活用されているほか、DRが発動し、HEMSが家電機器を制御する際に模擬高圧電線などから得た電圧や電流データをもとに、実際の高圧自動電圧調整器(SVR)や制御を行って電力品質を確保していくか、といった一連の動作や、全体の電力の潮流の計算などをSimulinkや電力システムのモデル化とシミュレーションのためのツールである「SimPowerSystems」を活用して行っているという。

「こうした研究は基礎実験であり、将来に向けた基本的なガイドラインの策定に向けて行っているもの」と語るのは同大先進グリッド技術研究所の吉永淳 招聘研究員。基礎研究であるからこそ、ECHONET LiteをDRに活用する際に、実際に何が不足しているのか、といったことやSEPなどとの連携をどう実現するか、SEPなど海外の規格から見習うべき点などの洗い出しも行う必要があり、そうした規格ごとにいちいち機器を用意していては、その手配のコストと労力だけで一苦労となることから、SimulinkやSimPowerSystemsなどのツールを活躍することで対応を図っているとする。

配電系統制御模擬システム(ANSWER)の一部。右の2枚の画像は自動電圧調整装置。スマートグリッドやスマートエナジーは簡単に実現できると思われがちだが、実際の送配電網でも各所に変圧器の巻き線比を機械的に切り替える自動電圧調整装置が設置されており、これら機器毎の動作の連携に加え、頻繁に切り替えていては、切り替えの耐用回数をすぐに迎えてしまい、結果として、機器の交換頻度が高まり、従来以上のコスト高や停電のリスクを招くことになりかねない。最適化を図るということは、こうした機器の交換頻度の回数を減らし、メンテナンスコストを低減するという側面もあり、そうしたことも含めSimulinkをベースとしてシミュレーションが行われている

太陽電池で発電された電力を受け入れた際の電圧の時間別推移グラフ。上下2つの折れ線グラフがあるが、上が赤い線で規定したしきい値の範囲内にバランスを取るように指示したシミュレーション。下が指示なしのもので、電気事業法によって定められている電圧は101V±6V(95V~107V)の上限を超えることができない。これを超えてしまわないように太陽光発電の出力抑制が行われることとなり、結果として発電しても売電できない、という事態が生じることとなり、効率の良い送配電を実現しているとは言えない状態が引き起こされることとなる

ANSWERの各種装置の稼働状態を示すコントロールパネル。まさにSimulinkを用いて開発されたものだという

また、参加している各企業でもSimulinkを機器開発などに活用していることから、CRESTの研究では、そうした機器データを外部に出せる程度に機密情報をマスクして提供してもらい、各家電の動作モデルを元に最適な運転管理などを機器同士で連携して行っていく、といったスマート社会の実現に向けた取り組みも進められているとのことで、こうした取り組みなどと連携することで、さらなるDR技術の研究促進も期待できるようになる。

EMS新宿実証センターにて行われているデモの概要。4つの家屋にさまざまな課電などが配置され、それぞれの家屋個別の状況や、電力供給側の都合によるDRを行うことで、どういった問題が生じるか、などの検証が行われている

本当に4つの建物をセンター内に配置し、それぞれ異なる室内レイアウトや家電を配置し、DRの検証が行われている。また、屋外/ベランダを想定した場所には燃料電池なども設置されているほか、屋外のEV/PHEVなども接続され、その電力も監視されている。燃料電池は非常用電源として活用可能だが、これは専用配電盤(下段左2枚目)を通常の配電盤の後段に設置し、各コンセントのブレーカーを設置することで、どれに電力を供給するかを設定が可能

ある家屋を対象とした消費電力の推移グラフ。左2枚の画像が、普通にHEMS制御状態で契約アンペアをオーバーした際の自動的な電力抑制の様子。対して右2枚はDRにより、電力供給側からアンペア数の変更要求が出された際の動き。実際は、この要請を受けるか否かの選択肢が出て、「受ける」を選択した場合のみ、アンペア数が引き下げられることとなる

このように同センターは、各種国家プロジェクト(国プロ)の研究の中枢を担っているわけだが、その肝の1つが電気事業者、アグリゲータ、需要家が連携する米国の標準規格(OpenADR2.0)に準拠したADR(Automated Demand Response:自動需要応答)信号を発信することが可能なサーバを国内で唯一保有していることが挙げられる。ADRサーバは、NTTコミュニケーションズ、三菱電機、日立製作所、東芝の4社のサーバで、そこから発せられる信号をプロジェクト参加企業のサーバとやり取りし、その先にある試験サイトと連動させるといった「標準サイトシステム」や、経産省や各地方自治体が進めているスマートシティプロジェクト4地区(横浜市、豊田市、けいはんな地区、北九州市)と連携した取り組み、電力会社が実際のビジネスとして行う場合を模した形での実証などが進められており、プロジェクト最終年度となる2014年度には、さらに範囲を拡大させた取り組みなどが進められる見込みだ。

同センター内部のみならず、外部の協力企業やスマートシティ実証地域などとのADR信号のやり取りなども行っており、より実用に即した取り組みも進められている

なお、今後の研究方針としては、プロジェクトの委託元である経産省などの意向を反映したものが中心となるが、家庭内の各種機器やBEMS、MEMSといったものを含めた広大なシミュレーションになっていくことが想定され、さらに膨れ上がり、かつ複雑に絡み合うデータをどうやって捌いていくか、といったニーズが高まっていくこととなる。MathWorks側も複雑なそういったデータ処理をシンプルにする方法の提供の開発、提供を進めており、MATLAB/Simulinkの最新版リリース(R2013b)では、SimPowerSystemsを同社の物理システムのモデル化とシミュレーションを行うための環境「Simscape」に対応させることで、Simscapeで使われてきた各種機能やほかの物理モデリングツールとのシームレスな連携を実現した。今後もそうした、各種ニーズにマッチした改善などが施されていく予定としており、同センターとしても、さらにMATLABのモデルデータの活用やSimulinkによる統計解析のモデルベースとビッグデータとの連携などを図り、そうしたニーズへの対応を図っていくことで、日本が抱える電力問題の解決に向けたエネルギーインフラの構築に対して貢献していきたいとしている。