タイトルに反するのだが、今回は最初に空の上の話が出てくる。ロッキード・マーティン傘下のシコルスキーが2024年10月に米陸軍から、有人のヘリコプターに自律制御システムを追加して無人化する契約を受注した。これ以外にも、有人ヴィークルを後付けで無人化する話がいろいろ出ているので、まとめて取り上げてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
DARPAのALIAS計画とは
シコルスキーが受注した件では、操縦系統をFBW(Fly-by-Wire)化した米陸軍のUH-60Mブラックホーク“MX" を対象とする自律制御化改修を実施する。契約額は600万ドル。
そこで使用するのは、シコルスキー同社がALIAS(Aircrew Labor In-cockpit Automation System)計画の下で開発したMATRIX自律飛行制御システム。自律制御システムの中核となるコンピュータが、機体の飛行状況や意思決定に基づいて操縦の指令を出し、それを受けて操縦系統を動かす。すると、機械的な操縦系統よりもFBWの方が実現しやすい。
実は、このALIAS計画の歴史は案外と長い。米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)がALIAS計画のローンチを発表したのは2014年4月だから、もう10年以上も前である。
ALIAS計画の当初の狙いは、航空機のコックピットにおいて搭乗員が強いられている複雑な作業を自動化すること。操縦に関わる負担を減らせば、パイロットはその分だけ任務に専念できるではないかというわけだ。
それを実現するために、既存の機体に対して、脱着可能な機器を追加することで自動化のレベルを高める、との構想を示していた。そして実際に、シコルスキーS-76やUH-1イロコイといったヘリコプター、さらにはダイヤモンドDA42やセスナ208キャラバンといった固定翼機でも自律化の試験を実施した実績がある。
先に述べた経緯があるので、ALIAS計画ではパイロットを機体から降ろすことは考えていないようだ。そこが、有人のヘリコプターを無人化したMQ-8Cファイアスカウトみたいな機体とは異なる。
海の上でも自律化計画がいろいろ
ALIAS計画は空の上の話だが、海の上でも、既存の船艇に自律制御システムを追加して自律航行を可能にするプログラムがいくつか存在する。
BAEシステムズの「Nautomate」
その一つが、BAEシステムズの「Nautomate」。同社が英海軍と共同で取り組んだ案件で、「どんな船にでも統合可能。センサーや誘導制御用のコンピュータを追加することで、有人運用の船舶を完全自動運航、もしくは遠隔操縦式に変更できる」と説明されている。
その自律制御システムは、特定の場所に向けて航行するための誘導だけでなく、障害物(もちろん行合船も含むはずである)の回避、必要に応じた主導遠隔操作の介入、といった機能を実現する。
狙いは、乗組員を危険なミッションに送り込まずに済ませることと、人的負担を軽減しながら長時間のパトロールを行うこと。無人化の正統的な使い方といえよう。
サーブの管制システム「Autonomous Ocean Core」
そうしたニーズを抱えているのは、イギリスだけとは限らない。スウェーデンのサーブは2024年11月初頭に、後付けで自律航行能力を追加するAutonomous Ocean Core管制システムを発表した。こちらの特徴は、水上を航行する艦船に加えて、水中を航行する潜水艇も対象に挙げていること。
オーストラリアのPBAT計画
このほかオーストラリアでも、オースタルがPBAT(Patrol Boat Autonomy Trial)計画の下、豪海軍で用済みになったアーミデール級哨戒艇 Maitlandに自律航行機能を開発・実装して、2024年の3~4月にかけて西オーストラリア沖の洋上で試験航海を実施した。余談だが、この自律制御システムの導入に合わせて、船名を Sentinel に改めた由。
使用している自律制御用のソフトウェアは、GAMA(Greenroom Robotics' Advanced Maritime Autonomy)という。もちろん、この名前は筑波山とは関係ないと思われる。GAMAの導入に際して手を入れた部位としては、航法システム、通信システム、艦橋、閉回路TV、電気系統などが挙げられている。
水上を航行する場合、動きは二次元になる。左右への旋回、前進と後進、速力の増減といった操作により、フネを意図した針路に乗せて、意図した場所に連れて行くとともに、他の行合船や障害物、そして座礁の原因になる浅瀬やリーフを回避する必要がある。
すると、レーダーなどのセンサーを用いた障害物の発見だけでなく、海図の情報に基づいて適正な航路を割り出す操作も必要になる。それに加えて、台風のように危険な気象状況を避ける判断も求められる。けっこう難しい仕事だ。
フネの自律制御化で難しそうなところ
飛行機の場合、FBWを使用していれば、物理的なインタフェースという意味での自律制御化はしやすい一面がある。操縦桿やラダーペダルの代わりに、自律制御用のコンピュータから電気信号を出して、飛行制御コンピュータに指示を出すことになる。
ではフネはどうか。フネの操縦で必要となるのは速力の増減と前進・後進の切り替え、それと舵の操作だが、航空機におけるFBWと同様に電気的に指令を出す仕組みになっていれば、自律制御の仕掛けを接続するのは相対的に容易になる。
ただ、自律化の対象になりやすいのは比較的小型のフネで、それだとメカニカルな方法で済ませている可能性が高い。そうなると、自律制御用のコンピュータから出した指示をどうやって機関や舵に伝えて、操るかという問題ができる。
また、フネの操縦はクルマの運転よりも難しい。まず、フネにはブレーキが付いていない。すると、スクリューの回転を落とすだけでは済まず、(前進しているのに)後進をかける場面も出てくる。操舵の方も、風や波などの影響を受けるから、「どちらに向けて、これだけ舵を切ったら、必ずこれだけ曲がる」とかいう単純な話にならない。
だから、フネの実際の動きをフィードバックして、それを速力や舵の指令に反映させる、クローズド・ループの仕掛けを構築しないといけないはずだ。つまり、既存のフネにコンピュータをポン付けするだけではなく、フネの動きを知る仕掛けが必要ではないかと思える。もっとも、それは飛行機でも同じだが。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。