第42回第43回と、各種の情報源について解説してきた。そこで注意しなければならないのは、「○○INT」の類は基本的に、「データ」であるという点だ。

なにも軍事情報の世界に限ったことではないが、収集したデータを積み上げておくだけでは役に立たない。そのデータを整理した上で評価や価値判断を行い、蓄積したデータに基づいて情報資料を作成することこそが最終目的。それで初めて、意志決定の役に立つものになる。

データを溜め込むだけでは役に立たない

データは蓄積することに意味があるのではなく、蓄積したデータを必要に応じて迅速に検索・分析・評価して活用するところに意味がある。それを具現化しようとすると、データをどう管理するか、検索をどうするかという問題が発生する。

たとえば、通信傍受に関するデータを記録するのであれば、やりとりの内容そのものだけでなく、「いつ」「誰と」「誰が」といった情報が重要になる(前回)に言及した通信トラフィック分析の話に関わってくる)。電話ではなく電子メールであれば、送信元や宛先のIPアドレスだって意味を持つかもしれない。

自国の近隣で発生した、正体不明機を対象とするスクランブルに関するデータであれば、日時や場所はもちろんのこと、さらに要撃対象になった機体の機種や所属、飛行経路など、有意な情報がいろいろある。

具体例を挙げ始めると際限がないのでこれぐらいにしておくが、対象となるデータの種類によって、記録すべきデータの項目もデータ型も違ってくるわけで、それはデータベースの設計・構築・運用に関わる問題となる。いいかえれば、そこのところをうまくやれば、溜め込んだデータを有効活用できる可能性が高くなる。

たとえば、「通信トラフィック分析」でも「スクランブルの対象になった某国の情報収集機の動向」でもよいが、個別のデータを単体で眺めるのではなく、時系列順に並べてみたり、地図情報と組み合わせてマッピングしてみたりする。すると、そこに何らかの傾向やパターンが見えてくるかもしれない。傾向やパターンが見えてくるかどうかは、元データをどう整理・活用するかにかかっている。

データの蓄積・管理・検索・保全

データの管理や検索こそ、コンピュータが威力を発揮する分野の典型例である。文字情報だけでなく、静止画でも動画でも、あるいは地理空間情報(GEOINT : Geospatial Intelligence)関連データでも、とにかくさまざまな種類のデータを溜め込んでおける。

ただし、テキスト・データであればキーワードの指定による文字列検索で対応できるが、静止画や動画は話が違う。これらはテキスト・データと異なり、映っている中身をコンピュータで直接検索するのは難しい。そこで、人間の眼でチェックしてキーワードをつけておくなど、メタデータを付加する工夫が必要になる。

すると、その作業を効率的に行うためにはどうすればよいか、メタデータと元データをどのように管理・検索・更新するのがよいか、といったところでIT業界向きの課題が生じる。

また、ことに軍事関連の情報では、信頼度の高いデータを一発で得られると考えるべきではなく、断片的なデータをコツコツと集めて、それらをさまざまな視点・観点から検討する必要がある。さまざまなデータを相互参照したり、意図的に反対側から眺めてたりといった工夫も必要になる。

ということは、データの蓄積・管理・検索に際しては、そういった実際の作業に適した、かつ作業を支援できるような仕組みを作り込みたいところだ。すると、現場の情報分析担当者の仕事をよく理解していて、ニーズを汲み取ったシステム開発を行えるかどうかが、情報活動の質まで左右することになる。

また、情報活動に関わるシステムに不可欠の課題として、情報の保全とアクセス管理が挙げられる。この課題、情報活動に限ったことではないが、国家レベルの情報活動は国家の死命に関わる問題だから、重要性は極めて高い。

溜め込んだデータにしろ、それに基づいて作られた情報資料にしろ、コンピュータの中に保存してネットワークでアクセスすることになれば、アクセス管理や情報保全という課題が必ずついて回ることになる。そこでドジを踏むと、情報漏洩事件が起きて大打撃となる。

また、不正アクセス対策だけでなく、マルウェア対策も考えなければならない。どこかのウラン濃縮施設で実際にあったみたいに、「『このコンピュータはインターネットと物理的に切り離してあるから大丈夫』といってタカをくくり、セキュリティ修正プログラムの適用を怠っていたら、マルウェアを送り込まれて大惨事」なんていうことにでもなれば、目も当てられない。

コンピュータと人間の役割分担

もちろん、情報資料の作成に際しては、データの評価や価値判断という話が極めて重要だ。ただし、それは蓄積したデータの分析だけでなく、分析担当者の経験・資質・カン・嗅覚などに依存する部分が少なくない。つまり、コンピュータの出る幕は比較的少なくなるかもしれないので、とりあえず措いておくことにする。

もちろん、データ量が多くなれば分析担当者の負担が増えるから、それをいかにして軽減するかという課題が生じる。そこで、分析担当者の仕事にコンピュータを援用しようと考えるのは自然な成り行きだが、なにせコンピュータはいわれた通りの仕事しかできない機械だ。コンピュータと人間がそれぞれの長所を発揮して互いに補い合えるような仕組みを作れるかどうか、これは厄介で終わりのない課題といえるかもしれない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。