データを収集して整理した上で、検索や相互参照などを可能にする。それを分析担当者が活用して、評価・分析しつつ情報資料を仕立てる。これが情報活動の基本的な流れとなる。

ところが、その情報資料は何のためにあるのかといえば、国家戦略の策定や軍事作戦の遂行といった場面で、意志決定や計画立案のための材料にするためである。その対象となるカスタマーは、上は国家の指導部や軍の最高司令官レベル、下は現場の指揮官といったレベルまで、実に幅が広い。

となると、カスタマーのニーズに合わせた情報資料を作成するとともに、それを配信・利用するにはどうするか、という課題も出てくる。せっかく優れた情報資料を作成しても、それを死蔵したのでは意味がない。

情報資料へのアクセス

収集したデータ(正確には、それを整理したもの)にしろ、それを基にしてまとめた情報資料にしろ、それらを必要とするカスタマーの手元に、必要なときに届けることができなければ意味がなくなってしまう。

幸い、コンピュータを使って管理できるようにしていれば、そのコンピュータ自身からだけでなく、ネットワーク経由で遠隔地からアクセスすることも可能だ。もちろん、相応のインフラを整備すれば、という条件付きではあるが。

米軍を例にとると、全世界をカバーするTCP/IPネットワークとしてGIG(Global Information Grid)を構築している。電力を供給するインフラで「スマートグリッド」というのがあるが、こちらは「情報を供給するインフラ」というわけだ。そして、このGIGの下には陸・海・空軍のネットワークがぶら下がり、最終的に最前線の現場まで行き着くネットワークができあがる。

ということは、そのGIGにつながったサーバにデータや情報資料を保存して、リクエストに応じて提供するシステムを用意すればよい。GIGに接続可能な環境と、しかるべきアクセス権を持っているユーザーは、自分が必要とする情報を引き出すことができるようになる。

それを具現化したシステムの一例が、DCGS(Distributed Common Ground System)だ。導入計画がスタートしたのは1998年というから、もう15年以上も前の話になる。

また、全世界で軍事作戦を展開している米軍では、世界のどこからDCGSにアクセスする必要が生じるか分からない。国防総省の建物の中だけで完結していれば話は簡単だが、そういうわけにはいかないのだ。そのため、有線・無線・衛星通信を状況に応じて使い分けて、全世界規模のネットワークを構築するようにしている。

DCGSにスマホでアクセス!?

DCGSを利用する際には、DCGSに対応するワークステーションを使ってデータを引き出すのが基本的な使い方だ。ところが、固定的なインフラを設けられる場所であればそれで対処できるにしても、野戦環境のように、その場で通信インフラを構築しなければならない場面ではどうだろうか。

もちろん、ある程度規模の大きな部隊であれば、指揮官や幕僚が指揮車に乗って指揮を執ることになるだろうから、そこで所要の通信機材やワークステーションを用意すればよい。しかし、歩兵部隊の中隊長とか小隊長とかいうレベルになると、部下の兵士と一緒に走り回っていることが多そうだ。さてどうする?

といった需要を睨んだものなのかどうなのか、米レイセオン社が2009年4月に発表したのがRATS(Raytheon Advanced Tactical System)である。RATSといってもネズミではない。Androidベースのスマートフォンで動作する「軍用アプリ」の集合体である。

スマートフォンは、それ自身がひとつのコンピュータで、しかも移動体通信や無線LANの通信機能も、オペレーティング・システムも最初から備えている。そして、さまざまなベンダーがアプリケーションを開発するのが前提だから、開発環境は整っている。

しかも、ハードウェアは多数を販売している市販品だから価格は高くないし、ユーザーとなる兵士にとっても使い慣れているというメリットがある。

そこで、そのRATSの一員としてDCGSの端末となるアプリを用意して、さらに第一線に無線通信のインフラを展開すれば、最前線の小規模部隊でもDCGSにアクセスして最新の情報にアクセスできる(かもしれない)というわけだ。

参考記事 : iPhone か Android 端末か、軍用デバイスとして注目されるスマートフォン (2011/1/7)

ただし一方で、通信そのものの保護、スマートフォンを紛失した場合の情報漏洩防止策、利用に際しての本人確認など、軍用品としてみた場合にクリアしなければならないハードルもいろいろありそうだ。それに、運用環境そのものが過酷だから、幅広い気温の変化、振動、塵埃、水濡れなど、物理的な対策も必要になりそうである。

空飛ぶアクセスポイント!?

このように、第一線の個人レベルまでネットワーク化して、必要な情報にアクセスできる体制を整えようとすると、そのネットワークのインフラをどうやって構築するか、という課題が生じる。

まさか、昔の野戦電話みたいに、光ファイバーのロールを持って歩いて、電柱を立てて架設するというわけにもいくまい。やはり、基本は無線である。

そこで考えられる方法のひとつが、車載式アクセスポイントだ。たとえば、衛星通信(地形や地平線・水平線に邪魔されずに遠距離通信を行うには、これがベストである)の端末機と無線LANのアクセスポイントを車両に積んで前線に展開させるわけだ。

ただし、そのアクセスポイントが地上にいたのでは、ことに市街地では建物などに邪魔される可能性がある。そう考えたためなのか、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)では最近、Mobile Hotspotsというプログラムを立ち上げて、L-3コミュニケーションズ社に第二次の開発契約を発注した。これは、陸軍で偵察に使用しているRQ-7シャドーUAVに無線ルータを積み込んで、「空飛ぶアクセスポイント」に仕立ててしまおうという構想である。

データを集めたり情報資料を作成したりすることも重要だが、それを活用するためにはインフラやシステムを開発・整備することも重要、という一例といえるだろう。

RQ-7シャドーUAV。これに所要の通信機器を積み込んで「空飛ぶアクセスポイント」に仕立てる構想がある(出典 : USAF)。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。