前回は、戦闘機に求められる能力のうち「交戦」に関わる部分の例として、空対空戦闘に関わる話を取り上げた。そして今回は、自らの身を護る手段がテーマ。我の戦闘機が任務を遂行しようとすれば、彼(敵軍)は当然ながら、それを排除しようとする。では、いかにして排除されないようにするか。

最大の脅威は対空ミサイル

戦闘機にとって最大の脅威といえば、各種の対空ミサイルである。空対空、地対空、艦対空の3種類に大別できるが、相手が同じ「飛びモノ」だから、基本的な動作シーケンスは似ている。

まず、レーダーなどのセンサーによって敵機の位置と針路と速度を知る。次に、その情報を基にして最適な発射タイミングを図るし、戦闘機なら有利な発射位置を占位するように動くことになる。そして発射した後は、ミサイルの誘導システムによって敵機を把握・追尾して命中させる。

その脅威を避けるには、「探知を避ける」「誘導を妨げる」といった対処が必要になる。

探知を避ける手段としては、迷彩塗装(目視による発見を避ける)や、対レーダー・ステルス(レーダーによる探知・追尾を避ける)といったものがある。誘導を妨げる手段としては、贋目標を作り出すチャフやフレア、レーダー誘導ミサイルを妨害する電子戦装置といったものがある。対応する周波数帯が合致していれば、電子戦装置はミサイル誘導レーダーのみならず、捜索レーダーの妨害もできる。

しかし脅威の種類は多種多様だし、置かれるであろう状況も多種多様。極端な話、赤外線誘導の空対空ミサイルが飛んできているのにチャフを撒いたって役に立たない。敵の捜索レーダーや射撃管制レーダー、あるいはミサイルの誘導レーダーが使用しているのと違う周波数の妨害電波を出しても、妨害にならない。

だから、レーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)やESM(Electronic Support Measures)によって「レーダーで捜索・探知・追尾されていることを知る」にしても、ミサイル接近警報装置によって「ミサイルの飛来を知る」にしても、「識別」という要素が関わってくる。相手の正体を知らないと、適切な対処ができない。

AIを活用した自衛用電子戦システムも登場

その「脅威を探知・識別する」部分と「それに基づいて適切な対処を行うための判断」の部分で、コンピュータとソフトウェアの出番となる。

例えば、事前に収集してある電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)に基づいてレーダーの機種(=そのレーダーを使っている艦艇や航空機や防空システムの種類)を識別できれば、適切な対処方法を選ぶ役に立つ。飛来するミサイルが赤外線誘導ミサイルだと分かったら、それに合わせた妨害手段としてフレアを撒くなどする。

今時の戦闘機は、この機能を受け持つ電子戦管制システムの部分に力が入っている。人間の判断力と操作にばかり頼っていられない。コンピュータが自動的に適切な対処をしてくれれば、パイロットのワークロードが減る。負担が減った分の余裕(?)は、状況認識や意思決定、機体の操縦に回せる。

そこで当然ながら(?)、人工知能(AI : Artificial Intelligence)を活用してはどうか、という発想も出てくる。実際、ドイツのヘンゾルトが2020年の4月に、AIを活用した自衛用電子戦システム「Kalætron Attack」なるものを発表している。脅威を識別するところでAIを使っているのだという。

ただし、自動化した脅威識別を実現するには、収集した情報を解析するだけではすまない。収集した情報を適切なデータ記述形式に落とし込んで、個々の戦闘機に遅滞なく最新データを配布・インストールするフローを確立する必要がある。いくら高性能・高機能の電子戦装置を積んでいても、それが参照するデータが古ければ役に立たない。

ちなみにF-35では、脅威情報データのことをMDF(Mission Data File)と呼んでいる。作戦を実施する場所や相手によって脅威は違ってくるから、それに合わせたMDFを記述・配布しなければならない。そのため、F-35を運用する各国で、MDFの作成を担当するラボ施設を整備するという話になっている。

  • F-35 写真:航空自衛隊

  • 脅威の種類や、脅威が及ぶ範囲を画面に表示するには、事前に脅威情報を集めてデータベースを作成して、脅威の識別ができるようになっていなければならない

生存のためのステルスとスーパークルーズ

前回、「領空侵犯を防ぐにはスーパークルーズ(超音速巡航)が必要」という論はおかしい、という話を書いた。

では、スーパークルーズは無駄な能力なのか。そんなことはない。これと対レーダー・ステルスの合わせ技は、敵の防空網を突破する際に役に立つと期待できる。なぜか。

非ステルス機だと、敵防空網の脅威を避けるにはレーダー探知を避ける必要がある、そのため、地面すれすれの低空を飛行する。地平線や水平線の影に隠れて探知可能距離が短くなる上に、地面や海面などからの乱反射(クラッター)が多いから、それも探知能力を下げる要因になる。そこにつけ込む訳だ。

ところが、低空飛行を続けると燃料を食うし、地面と意図せざる接触(いわゆる墜落)をしてしまうリスクも増える。だからこそ、F-15Eみたいに夜間でも手放し地形追随飛行ができる機体が作られた。

  • 「F-15E」。愛称はストライクイーグル 写真:US.AirForce

あと、高度を下げると敵防空網の覆域を飛ぶ時間が長くなるという問題がある。地上に配備した対空レーダーや地対空ミサイルの覆域は、設置場所を中心とする半球である。低空を飛ぶと、その半球の中に留まる時間が増えてしまう。

ところが、ステルス機はレーダー探知のリスクを下げられるから、頑張って低空を飛ぶ必然性が薄れる、という考え方もできる。そこで高度を上げれば、対空レーダーや地対空ミサイルの覆域となる半球内に留まる時間が短くなる。スーパークルーズを使えば、半球内に留まる時間をもっと短くできる。つまり敵防空網の有効範囲内に留まる時間が短くなるので、突破が容易になるという理屈。

そういう話を抜きにして「スーパークルーズの可否」だけ競い合うと、非ステルス機なのに「この機体はスーパークルーズが可能です」とアピールするようなことが起きる。レーダーにでっかく映るのに、それが高度を上げて超音速で駆け抜けるっていうんですか、という疑問が出てしまう。

もっとも、超音速巡航には「空対空ミサイルを発射する際に、より大きな運動エネルギーを与えられる」という利点もあるので、それは非ステルス機でも享受できるのだが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。