航空自衛隊で使用しているF-2支援戦闘機の後継機について、ここ何年かにわたって「ああでもない、こうでもない」と、さまざまな声が上がったり、動きが生じたりしていた。しかし昨今の動向を見ると、基本的には「我が国主導の開発」で進めたいようである。
新戦闘機を開発する際の、ありがちな考え方
なにもF-2後継機に限らず、新しい戦闘機や艦艇や装甲戦闘車両などを開発・配備する時は、「現用中の装備を上回る性能」「仮想敵国の装備を上回る性能」といったことを考えるのが普通である。無論、能力的に見劣りするものを、わざわざ費用と時間をかけて開発・配備するのは筋が通らない。
これは今に始まった話ではなくて、昔も同じだった。太平洋戦争の後半になって、帝国海軍で使用していた零式艦上戦闘機が米陸海軍の戦闘機と比べてどうも旗色が悪い、となった時に、「米海軍のF6Fヘルキャットに勝てる改良型を作れ」となったのがわかりやすい事例。実際に勝てる改良型ができたかどうかは、また別の問題であるけれど。
今回のお題は戦闘機だから、戦闘機の性能という話について考えると、どうなるか。一般的にパッと思いつく要素は、以下のようなところだろうか。
- 機動性
- ステルス性。レーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)の小ささともいえる
- ミサイルをはじめとする兵装の搭載量
- レーダーの探知可能距離
- 航続距離
「最高速度」を挙げる人も出てきそうだが、実のところ、戦闘機が最高速度で飛ぶ時間は限られているし、最高速度で飛んだらアッという間に燃料タンクが空になる。そして、加速力や機動性の方が大事というのが目下の認識なので、これはおいておくことにする。
もちろん、あらゆる分野の性能要素で想定脅威(今の日本なら、成都J-20やスホーイSu-57辺りか)を上回る機体を、欧米の同クラス・同世代の機体よりも安価に、しかもすべて国産技術で作ることができれば万々歳だ。しかし、そんなことができるのはたぶん、神様だけである。
額面上の性能だけ気にすればいいのか
ちなみに、先に挙げた諸要素はいずれも、機体を構成するハードウェアの問題といえる。例えば、機動性を高めるには、翼面荷重(機体の重量を主翼の面積で割った数字)や推力重量比(機体の重量をエンジン推力で割った数字)など、さまざまな要因が関わってくるが、なんにしてもハードウェアの話である。
実際、防衛装備庁では、機体やエンジンに関わるさまざまな技術開発成果をアピールしている。それと比べると、ソフトウェアの話があまり表に出てこないのはどうしたことか、というのがIT屋としての偽らざる感想である。表に出てこないだけで、見えないところでは何かやっているのかもしれないけれど。
以前からいっていることだが、今時のウェポン・システムではソフトウェアの重要性が高まっているのが一般的な傾向であり、しかもソフトウェアによって左右される部分の話は諸元表の数字としては現れにくい。つまり、パッと見ても差がわからないのだが、それにもかかわらず大事な話である、という状況になっている。
例えば、操縦翼面を作動させるのに、飛行制御コンピュータを介するフライ・バイ・ワイヤ(FBW)を用いるのは当節の戦闘機の常識だ。だが、そのFBWをコントロールするのはソフトウェアである。ソフトウェアの改良によって飛行領域の限界が引き上げられた、なんていう事例もある。ただし、これは正確にいうと、最初は余裕を持って低めにしていたものが限界いっぱいになった、という話だが。
戦闘機好き同士が「レーダーの探知距離が長い、短い」と諸元表片手に口角泡を飛ばし合うのはよく見られる図だが、今時のアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーでは、その探知能力を左右するのも制御用のソフトウェアである。ソフトウェアの改良によって不具合を解消したり、探知能力を高めたりといったことは普通に起きている。
それに、レーダーをはじめとする各種センサーから得た探知情報を処理・融合・整理してパイロットに提示するのもまた、ソフトウェアの仕事である。以前にF-35関連の話題として取り上げた、センサー融合・データ融合機能のことだ。いくら性能のいいセンサーがあっても、その情報を有効活用できなければ役に立たない。それにはセンサー融合やデータ融合のような仕組みが不可欠だ。
自衛用の電子戦システムにしても、ハード的な妨害能力だけでなく、それを制御するソフトウェアは死活的に重要だ。脅威の存在を知り、識別した上で、どういう対処手段を用いるのが最善かを判断して実行する部分を受け持っているからだ。いくら性能のいい妨害装置があっても、使い方を間違えたのでは話にならない。
ハード偏重では解決にならない
もちろん、「コンピュータ、ソフトなければただの箱」であると同時に、ソフトウェアだって、それを走らせるためのハードウェアあってのものだ。イージス戦闘システムでもF-35でも、ハードとソフトの両方を定期的に更新する体制を組んでいる。
ハードとソフト、どちらか一方だけでは成立しないのだが、少なくとも将来の戦闘機(だけでなく、ウェポン・システム全般)において、ハードウェアとソフトウェアは車の両輪であり、ハードウェア偏重ではマズい。IT屋だからいうのではなくて、実際にそういう御時世になっているから、こういうのである。
以前に本連載では、日本の「将来戦闘機ビジョン」について書いたことがあったが、あれからもう、だいぶ時間が経っている。改めて、将来戦闘機について「ソフトウェアの観点」から書いてみてもいいのではないだろうか。なんていうことを考えた次第。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。