これまで3回にわたり、軍事におけるサプライチェーンを巡る問題を取り上げてきた。「軍事のサプライチェーン問題」は今回で最後とするが、「〆の総論」といった趣の話でまとめてみたい。

自国だけですべてをまかなえない時代

これまで、サプライチェーンに関わるさまざまな問題を取り上げてきた。こういう話を見聞きすれば、「サプライチェーンに海外企業が関わってくるからリスク要因になる。すべて自国で完結させればよい」という主張が出てきても不思議はなさそうだ。では、すべて自国のメーカーだけで賄えば問題は解決するのか。実のところ、そんな簡単な話でもない。

2019年6月10日付の「UKディフェンス・ジャーナル」がスチュワート・アンドリュー装備相の話として、「英海軍向けの26型フリゲートを建造するために使用する鋼材のうち、自国製は半分にとどまる」と報じた。これは金額ベースで、分量ベースだと65%が輸入になるという。

  • 英海軍向けの26型フリゲート 写真:BAE Systems

    英海軍向けの26型フリゲート 写真:BAE Systems

つまり、値の張る鋼材は比較的自給できるが、そうでない鋼材は輸入が多いということになる。艦の建造はイギリス国内で行うのだが、そこで使用する資材はこんな調子。

イギリスは1938年に、687万1,000トンの銑鉄と1,056万1,000トンの鋼塊を生産したという。アメリカ、ドイツ、ソ連と比べればだいぶ落ちるが、それでも当時の日本よりははるかに多かった。そのイギリスが今では、艦艇建造に使用する鋼材すら自給できないというのだから、隔世の感がある。

では、製鉄所が国内にあれば済む問題なのか。

鋼材のベースは鉄である。そして、製鉄には原材料としての鉄鉱石が必要だ。製鉄所が自国内にあっても、そこで使用する鉄鉱石が輸入品であれば、「自国内に生産基盤があるから安心」とはいえなくなる。しかも、素材だけでモノができるわけではない。製鉄のプロセスではコークスや石灰石も使用する。

それに加えて、高炉を作動させるための燃料、石炭からコークスを作るためにコークス炉を作動させるための燃料、といったものも必要になる。こういったものがすべて出揃うことで初めて、製鉄の工程が動き出す。

日本の場合、鉄鉱石も石炭も輸入に頼っているのが実情で、自国内でまかなえるのは石灰石ぐらいのもの。では、イギリスはどうだろうか?

自国内で生産していれば安全なのか

現実問題として、防衛装備品の製造に関わるサプライチェーンすべてを、素材から完成品まで自国内で完結させるのは、もはや非現実的な話になっている。

たまたま、イギリスにおける艦艇建造用の鋼材を引き合いに出したが、他の分野でも似たような話はある。

アメリカでロッキード社(当時)がSR-71偵察機を製作した時に、素材の供給が問題になった。「高熱に耐えられるように、機体をチタン製にしよう」と決めたまでは良かったものの、そこで必要になる大量のチタンをどうやって入手するか。

  • 米空軍向けSR-71偵察機 写真:U.S. Air Force

    米空軍向けSR-71偵察機 写真:U.S. Air Force

結局、ダミー会社を駆使して海外からチタン素材を買い付けたのだが、最大の供給元はソ連だったというから、笑えるような笑えないような話ではある。たまたま、この時はソ連が割を食った格好だが、逆パターンが起きても不思議はない。金属素材に限らず、半導体や、それによって作られる電子部品、あるいはそこで動作するソフトウェアはどうか?

また、なにかと話題になるレアアース(希土類)はどうか。この分野では中国が強く、それゆえにレアアースの輸出を武器代わりに使う事例が起きた。かつての、OPECによる石油輸出コントロールと似た図式か。そこでアメリカやオーストラリアが組んで、レアアースの採掘・分離・精製を自前でなんとかしようと動いている。供給源の自立をいうなら、そこまでやらなければいけないという一例。

グローバル化と国産化の狭間で

とどのつまり、素材から完成品まで、すべて自国でまかなうという夢を追うのは無理がある。そして、製品の製作拠点が自国内にありさえすれば安心、というのはおめでたすぎる。

そうなると、先にレアアースの例を持ち出したように、同じ価値観を共有できる同盟国同士で協力してサプライチェーンの安定化を図るほうが、まだしも現実的な対応ではないかと思うが。

ただし一方では、グローバルなサプライチェーンの構築が果たして最適解なのか、という疑念が強まる可能性がある。それはもちろん、昨今のCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)の感染拡大に伴い、人やモノの往来が滞って、結果として防衛装備品の生産にも影響が出始めている事情があるからだ。

グローバルなサプライチェーンの極めつけというと、F-35が挙げられる。アメリカのみならず、ヨーロッパもオーストラリアも日本も関わる大仕事だ。しかも組み立て拠点が複数あり、それぞれ仕向地が違うというややこしさ。

平時でも、これを安定して切り回すのは大変だが、今みたいな「ある種の有事」だと、サプライチェーン管理の担当者は胃薬が欠かせないのではなかろうか。実際、サプライヤーからの納入が円滑に進まなくなり、機体の生産に遅れが生じる可能性が取り沙汰されている。

ところが一方では、武器輸出に際して、受注獲得のために相手国のメーカーを生産に参画させるという「餌」をぶら下げる事例が多々ある。これはサプライチェーンの拡大・複雑化につながるリスク要因でもあるが、他方には受注に失敗して事業に差し障りが生じるリスクもある。どちらか一方だけ考えていては仕事にならない。

理想をいえば、「安定した生産拠点や供給源の確保」「セカンドソースの確保」「いつでも生産拠点や供給源を切り替えられる体制作り」ということになるのだろうけれど。しかし、有形無形のコストのことを考えると、口でいうほど簡単な話ではない。百点満点のベストな解決策はおそらく存在せず、ベターな解決策を積み重ねるしかないのだろう。

現実問題として、「国産品でござい」といっていても、部品や搭載機器の一部が輸入品ということはあるのだ。そういえば先日、イタリアのレオナルドが「陸上自衛隊向けの敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)を500万ユーロで受注した」と発表していた。発注元は日本無線だそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。