ジョン・ケリー米上院議員が提起した疑問の最後、「国際報道、特に紛争地域の取材はどうするのか」という問題への答えもほぼ出つつある。

イラクからの現地報道続ける「IraqSlogger.com」

下の画像は、筆者が『YouTube民主主義(2008年 マイコミ新書)』で紹介した「IraqSlogger.com」の、2009年6月25日掲載分だ。イラクの首都バクダッド東部・サドルシティーでの新たなテロ事件などについて、現場レポートや解説が満載されている。

「IraqSlogger.com」(出典 : 「IraqSlogger.com」2009年6月25日掲載分)

運営者のイーソン・ジョーダン氏は、CNNの記者としてサダム・フセイン大統領時代に13回、米軍が占領してからも、数多く現地取材をした国際報道のベテランだ。しかし現地に入った外国人記者は、米軍の護衛なしでは取材に出ることはできない。どうしてもキャンプ内でのプレス発表に頼りがちになる。

そんな状態に飽き足らないジョーダン氏は、約50人のイラク人レポーター(ほとんどが取材経験のある記者経験者及びカメラマン)を雇って、現場からの"今"にこだわった情報発信を続けている。運営は楽ではないが、現地スタッフの人件費が安いこと、彼らの発信意欲が支えとなっている。だが中には「米軍に協力した」として暗殺されたレポーターもいるそうだ。

コロンビア大学院でのセミナーでジョーダン氏は、「無論、各国の特派員は最善の努力を続けている。が、予算の重圧もありあまりに数が少ない。彼らだけに頼っては"何が起きているか"を知るのは難しくなりつつある」と語った。

「Globalpost.com」では現地パートタイマーが活躍

こうした中、国際報道専門のインターネット通信社も生まれている。

2008年12月に誕生した米国・ボストンの「Globalpost.com」がそれだ。米東海岸でケーブル・ニュース・ネットワーク会社を経営するフィリップ・バルボーニ氏と、ジャーナリスト出身のチャールズ・セノット氏が、バンク・オブ・アメリカなどから8億5千万円ほどの出資を仰いで発足させた。

2008年12月に誕生した国際報道専門のインターネット通信社「Globalpost.com」(出典 : 「Globalpost.com」)

この会社のユニークなのは、登録された海外特派員が皆、現地に住んでいるパートタイマーであること。彼らは、最低、月4本の原稿を送り1,000ドルの保証を受ける。さらに同社の株をストック・オプションとして割り当てられ、上場時には利益が得られる仕組みである。

米国の新聞界では、過去2年間で1万8千人もの記者がリストラされている。その中には海外特派員も多数いた。家族の関係で現地に残った記者もいるはずだ。彼らに働いてもらおう、というのは良いアイディアだ。

「AP通信や、ロイターと争う気はない。なるべく欧米の記者の少ない所を狙う」というのがバルボーニ社長の方針という。すでにモロッコ、サウジアラビア、パキスタン、キューバななど50カ国に65人の契約記者がいる。「さらに500人の記者経験者が応募してきている」(セノット氏)そうだ。

契約記者の履歴を見ると、タイムやワシントン・ポストで長年、特派員を務め現地に留まったベテランが多い。また英語の堪能な現地のジャーナリストもいる。

会社にすれば、各自に持たせる安価な「フリップ・デジタル・ビデオ」以外のインフラ・コストは、ほぼゼロだ。

欧米企業のための「市場調査」も別料金で受注

また経営コンサルタントでもあるバルボーニ社長の方針で、特派員は、現地進出を検討している欧米企業のための「市場調査」も別料金で受注するという。

売上は、月約2万円の有料会員(申し込みは低調という)、サイト上の広告、それに海外に特派員を派遣していないメディアとの契約配信料である。2009年7月現在で、月間のユニーク・ユーザーが39万1,000人というから、半年間の実績としてはまあまあではないか。

今のところもっと成功しているのが既存メディアとの契約で、ニューヨーク・デイリーニューズ、CBSラジオ・ニュース、米軍の「星条旗」など20社が契約し、年5万ドル程度の配信料を支払っている。

アフガニスタン西部のヘラートからジーン・マッケンジー記者が送って来たロック・ショウのビデオ・ニュースを見た。セクシーなコロンビア人女性歌手に熱狂するアフガン青年の様子から、「戦場のもう一つの顔」がうかがえ、面白かった。

こうした特派員の活動は、未だ十分とはいえないかも知れない。それでも、現地スタッフの「世界に発信したい」という熱意が、既存の取材ネットワークを補完し、あるいは代わりうる存在感を示し始めている。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」)」「血の政治 青嵐会という物語(同)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。