ここで、当コラム第29回でも触れた、2009年6月の米上院「新聞の将来」に関する公聴会で、ジョン・ケリー委員長の投げかけた3つの疑問に立ち戻ってみよう。3つの疑問とは、「もし多くの新聞社が消滅し、新聞記者がいなくなったら」という前提で投げかけられたものだ。

  1. 「一般市民のブロガーたちに、権力監視や、特ダネを掘り起こしてくることはできるのか」

  2. 「ウオーターゲート事件のような、時間と資金をかけた調査報道は誰が行うのか」

  3. 「海外特派員や戦時特派員が果たしている役割は、どのようにカバーするのか」

米政府関係者が毎朝チェックするWebサイト「ドラッジ・レポート」

最初の設問に対する答えは、ほぼ出ている。無論すべてではないが、ここ10年で記憶にのこる特ダネの多くが、個人ブログ、インターネット新聞のいずれの形態をとるかは別にして、ブロガーから発信されている。

古いところでは1998年1月、ビル・クリントン元米大統領と、ホワイトハウスの実習生だったモニカ・ルインスキー氏との不倫事件をすっぱ抜いた「ドラッジ・レポート」がある。

同サイトの経営者、マット・ドラッジ氏は、ホワイトハウス、議会関係者(特に共和党)に深いニュース・ソースを持つ。モニカ事件以来、ホワイトハウスの権力者集団は、寝起きざまに新聞、テレビを見る前に、ドラッジ・レポートをチェックするのが日課となった。ドラッジ氏は、現在フロリダで優雅に暮らしながら協力寄稿者、スタッフのネットワークで、しっかり稼いでいる。

すでに当コラム第32回でも述べたが、今年1月、ニューヨークのハドソン川で起きた航空機着水事故の第一報も、フェリー乗組員からの携帯通報だった。

Newspaper Death Watch.comのポール・ギリアム氏は、この現象を評して「メディアなしで誰がそのギャップを埋めるのか? それは私達だ」断じた(以下の画像参照)。

ポール・ギリアム氏は「We,the Media」と断じた(出典 : Newspaper Death Watch.com)

最近の例では、マイケル・ジャクソン氏の急死第一報を報じたのも、Webサイトだった。

「編集者と読者」「読者と読者」の連携でブッシュ政権を追及した「TPM」

ジョン・ケリー委員長の第2の疑問である、「調査報道をどうするか?」について見てみよう。

2007年、ブッシュ政権が政権の意に添わない全米の連邦検事8人を続けざまに解任した、「権力の濫用」追及キャンペーンで、司法長官のアルベルト・ゴンザレス氏を辞任に追い込んだのは、39歳のジョシュア・マーシャル氏が運営するWebサイト「TPM(Talking Points Memo)」である。

マーシャル氏は、調査取材の経過を、東京新聞の池尾伸一記者にこう語っている。

「2006年12月、読者から『自分の州の連邦検事が突然解任された』という情報が寄せられた。数日すると別の州の読者からも同じような情報の書き込みがあった。それらをもとに長い記事を書いた(中略)。やがてニュヨーク・タイムズやワシントン・ポストも、ストーリーを追いかけるようになった」(池尾伸一『米国発ブログ革命』集英社)。

マーシャル氏は、ブラウン大学で歴史学博士号を取ったフリー・ランサー。ニューヨークの小さな事務所で、7人のスタッフとサイト運営に当たる。月間75万人の読者がいることで得られるサイトからの広告収入で「並み以上の生活」(マーシャル氏)を送っている、と答えている。

TPMで特に感心したのは、以下の3点だ。

第1に、「編集者と読者」「読者と読者」の連携で、「点」の情報が全米の「線」につながり、それを集合した結果、政権の不当な人事政策が「面」として浮かび上がったことである。

第2に、このキャンペーンに絡んで、司法省が民主党の要求に、(嫌がらせもあって)一挙に膨大な内部資料を提供した時の対応が素晴らしい。マーシャル氏は資料をダウンロードすると、サイトの常連である各分野の専門家数十人に呼び掛け、分担して資料を読んでもらい、すみやかに問題個所を"発掘"した。

最後にTPMの立ち上げ時や、汚職追及専門サイトの新設、ワシントン支局の開設などのたびに、読者から寄付を募り、毎回6~12万ドルという資金が集まったという事実を指摘しておきたい。いずれにしてもインターネット・テクノロジー時代でなければ考えられなかった"革命"である。

「ハイパー・ローカル」の地域密着サイトも勃興

倒産したシアトル・ポスト・インテリジェンサー紙でも、記者数人が市民記者の参加を募って、「ハイパー・ローカル」といわれる地域密着サイトを開設して起業に成功しつつある、というニュースも流れた。市民の素朴な疑問提起を受けてプロの記者が調査報道する。かつて日本の新聞もやった「掘り起こし報道」と言える。

ニューアーク市の主婦兼作家、デビー・ギャラント氏が立ち上げた「バリスタ・ネット」は、ハイパー・ローカルの成功例だ。週一回の更新だが、町のイベントからゴミ集め情報まで、女性らしいきめ細かさでネットワークを広げ、タウン紙の地位を完全に奪った。

次回は、ケリー氏の投げかけた第3の疑問、「国際報道や戦場からのレポートをどうするか」という点について見てみよう。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」「血の政治 青嵐会という物語(同)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。