前回は、工業用画像処理市場の成熟化により、今後は新たな市場を求めて多くのメーカーが変革を求められていることを解説した。先進国である米国および欧州では、工業用画像処理の成長はもはや5%にも届かなくなりつつあり、各メーカーは変革なしに今後は生き残れないことは自覚しつつある。

その変革期にある今、目指す方向は大きく2つある。1つは大規模に隆起しようとする「BtoCエンベデッド・ビジョン」の世界に進出すること(自動走行ロボットによる郵便配達など)。もう1つは、これまでの工業用画像処理の市場で、さらに一層のコストダウンにより競合他社の追随を許さない戦い方(レッドオーシャンをよりレッドに生き残りをかける戦い)、そしてそのコストダウンにより工業用途でもこれまで画像処理を採用できなかった市場への浸透させることである(前回紹介した加工機の例)。

今回は、工業用市場において今後重要になるポイントを解説する。BtoCエンベデッド・ビジョンについては次回述べる。

工業用市場において重要となるのは、上図にあるようにレッドオーシャンで戦うのも、新たな市場を創出するのも、共通してコストダウンである。しかし、カメラ単体でコストダウンできる余地はもはや残されていなく、インターフェースはGigEもしくはUSB3に置き換わり、カメラで最もコストが高い部品であるセンサーもCMOSに置き換わった。レンズについても、工業用画像処理カメラで世界をリードする独Basler社が1/3インチに特化した低価格レンズを自ら提供することでコストダウンした。次に大きな潮流はどこにあるのだろうか。

Baslerが目を付けているのは、PCから組み込みへという流れである。すでに解説した通り、工業用画像処理の隆起は、90年代におけるPCの性能向上が大きなうねりを作り出した。当時の市場成長はどの部品メーカーも二桁成長を約10年以上に渡って果たし、そしてどのメーカーもその成長に酔いしれ、酔いしれ過ぎた企業はその後の10年で淘汰された。それだけPCの性能向上は工業用画像処理に大きなインパクトを与えた。この先の10年では、一時代を築き上げたPCビジョンの一部が、組み込みへと流れていくと予想している。

上図にみられるように、インターフェーストレンド(アナログ⇒デジタル)、そしてセンサートレンド(CCD⇒CMOS)に匹敵する規模の大きなトレンドが、プラットフォームトレンド(PC⇒組み込み)に発生すると予測している。

ここにきてなぜ組み込みなのか。それは、組み込みボードを開発が以前より容易になっているためである。一昔前までは組み込みプロセッサおよびOSが統一されていなかったため、充実した開発環境を用意することが難しかった。つまり、初期の開発コストが膨大となるため、年間で数万台を製造するようなプロジェクトにしか組み込みという考え方は適応できなかった。年間で数台から数百台というレベルであれば、PCでWindowsを採用すれば開発環境が充実しているため、初期の導入コストは極めて低く抑えられた。

しかし、ここにきて、ARMをベースとした汎用マイコンが広く浸透し、そこにLinuxが搭載されるようになった、さらにはARM + Linuxで基板設計を受託するシステム会社が多く参入している。この流れは今後ますます加速し、汎用マイコン、汎用OS向けの開発環境はどんどん充実することになるだろう。以前は年間で数万個製造しなければ投資を回収できなかったが、数年後には年間数百個でも自社で専用ボードを起こそうという時代がくるわけである。専用ボードを起こすことで無駄を完全に削ぐことができるので、コスト削減を実現できるだけでなく、筐体を小さくすることができようになる。

組み込みボードで画像処理を行うようになると、インターフェースも変化する。カメラからGigEやUSB3に変換することなく、LVDS信号のままでARMなどのマイコンに渡してしまうことができる。最近ではARM + FPGAが一体となったZynq(Xilinx社)といったチップが存在するが、そのFPGA部分にLVDSで直接渡してしまえば、さらにコストを削減できる。もしくは、マイコンの世界では広く浸透したMIPIという規格があるため(発祥は携帯電話のカメラインターフェース)、これらのインターフェースを用いることになるだろう。これが、上図のケーブルコストが、5000円から500円にさらに下がることを意味している。

組み込みボードによるメリットを、工業用途での活用として前回紹介金属部品の加工機を例に説明したい。現在は加工機の中にカメラを設置して、それを加工装置内に設置されたPCに接続して画像処理を行っており、場合によっては、この画像処理のためだけにPCを装置内に設置している場合もある。これが、安価なARMベースの専用ボードにより、カメラの真横で計測・検査できるようになる。ここからも、価格低下だけでなくサイズ低下も重要な要素をなしていることがわかる。

一般的な製品のライフサイクルは、導入期、成長期、成熟期、衰退期というカテゴリーに分けられる。導入期においては多くのテクノロジーが試され、そのほとんどが大きく成長することなく忘れ去られるが、その中で数パーセントの技術が成長期に向けてテイクオフすることになる。この段階で市場参入していないと、成長期や成熟期に入ってから参入しても市場を獲得できる割合は極めて限定的となる(すでに市場を独占している強みを持った企業は別として)。一般的には、導入期を突き抜けた企業は成長期でそのビジネスをスケールさせる、そして成熟期に入るとこれらの企業はそのビジネスを最適化し、自然と市場参加者は統廃合される。

現時点における、工業用途における組み込みボードを利用したエンベデッド・ビジョンは導入期を脱しようとしている。その例として金属部品の加工機の例を紹介した。面白いのは、エンベデッド・ビジョンを工業用途で実現しようとするその延長には、さらに大きく隆起しようとしている「BtoCエンベデッド・ビジョン」が開かれているのである。このBtoCエンベデッド・ビジョンという市場で、工業用カメラメーカーが勝ち抜いていくには、コスト削減を一桁違うレベルで求められるなどさらなるチャレンジが必要となる。次号では、この点を詳しく紹介したい。

著者紹介

村上慶(むらかみ けい)/株式会社リンクス 代表取締役

1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に留学、工学部にてコンピュータ・サイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、株式会社リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE(ディースペース、ドイツ)社製品の国内普及に従事し、国内の主要製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。

同社代表取締役に就任後は、画像処理ソフトウエアHALCON(ハルコン、ドイツ)を国内シェアトップに成長させ、産業用カメラの世界的なリーディングカンパニーであるBasler(バスラ―、ドイツ)社と日本国内における総代理店契約を締結するなど、高度な技術レベルと高品質なサービスをバックボーンとした技術商社として確固たる地位を築く。次のビジネスの柱として2012年7月にエンベデッドシステム事業部を発足し、3S-SmartSoftware Solutions(スリーエス・スマート・ソフトウェア・ソリューションズ、ドイツ) 社の国内総代理店となる。