報じられない三鷹JK殺人事件
女優を目指していた女子高生が、元交際相手に刺殺されるという痛ましい事件がおきました。犯人は別れた後もまとわりついていたいわゆるストーカーで、被害者が警察に相談したその日に事件が起きたことから警察の失態ではないかとテレビと新聞は執拗に追究していました。
しかし、この事件の全容は、テレビと新聞の情報からだけでは永遠に知ることはできません。犯人の池永チャールストーマスは事件直後に、ネットで犯行を告白しており、彼が書き込んだURLを辿ると、被害者のあられのない姿の写真や動画が公開されていたのです。別れた相手への復讐や腹いせのために、交際時に撮影していた「あられのない姿」をネットに公開することを「リベンジポルノ」と呼びます。米国ではすでに社会問題となっており、カリフォルニア州では禁止する法律が審議されています。
あられのない姿の写真とは「ジドリ(地鶏=自撮り、自分で自分を撮影すること)」と呼ばれる、被害者自身の手による撮影で、決して脅迫されたものではありません。一度ネットに拡散した画像を完全に回収する方法はなく、すでに被害者の名で画像検索をかけると、その姿が映しだされます。
愛憎は同じもの
被害者の尊厳を守るためか、テレビと新聞では「リベンジポルノ」について一切触れませんが、ネット媒体は翌日から報じ、翌週には週刊誌が追い掛けます。事件から10日後の『週刊文春(平成二十五年十月二十四日号)』がこのことを報じ、関連取材として街角の少年少女に声を掛けます。そして多くの中高生が「恋人にセクシーな写真を送ったことがある(要約)」と答えます。
「愛と憎しみは同じものでできている」
漫画家、西原理恵子の初期の傑作「ゆんぼくん」にあった台詞で、リベンジポルノとはまさしく愛憎の裏返しです。
愛憎劇は男女の間だけのものではありません。ゲーム小売業のE社長と、創業期からの片腕だったM氏は戦友であり同士であり、家族よりもながい時間を過ごしていました。ワンマンなE社長をフォローできるのはM氏しかいないことは衆目一致するところで、E社長も厚遇で応え全幅の信頼を寄せていました。
季節は移ろうもの
E社長のご子息が大学中退を機に入社してきました。当初は番頭であるM氏に教えを請うていた息子も、仕事を覚えるうちに逆らうようになります。端的いえば「社長のバカ息子」ですが、「社長の息子」というプライドを捨てるのは想像以上に難しいものです。E社長が仲裁に入れば、すべて解決したのでしょうが、息子の反抗を成長と見るのは親バカで、これも愛情から発病する根治困難な難病です。
M氏は退社を決意し辞表を提出します。キレたのはE社長です。彼にとってM氏は絶対的存在で、だからこそ自分のもとを離れることなど考えたこともなかったのです。そして感情が反転し「裏切り者」の烙印を押します。
関係各位に「回状」を出します。当社はM氏とは無関係で、今後一切何があっても当社とは関係が無いという、ヤクザ業界で言うところの「破門状」です。電子メールはもちろん、ホームページにもわざわざ無関係だと掲載します。M氏を「追放」したかのように思わせ、業界からの締め出し、辞表を出したという裏切り行為へのリベンジがE社長の狙いでした。
ネットの在り方について
M氏はさっくりと再就職を果たします。E社長と二人三脚で育てた会社は業界内では知られた存在で、社長の名代として活躍したM氏もまた有名人でした。そして「追放」と広言されていれば「引き抜き」というマイナスイメージもなくなり、退社の事情を聞けばサラリーマンの誰もが彼に同情します。復讐のための情報発信が、M氏を助けた「リベンジポルノ0.2」です。
あられのない姿をジドリしていた被害者や『週刊文春』の記事に登場した若者を「貞操観念の欠落」と見るのは現代の若者へ偏見です。当事者間の秘め事において、大胆になるのはいつの時代も変わらず、かつては「恋文」で募る思いを大胆に告白した女学生と、全裸の写メをLINEで送る心根に大差はないのです。
問題は「ネット」です。三鷹JK殺人事件はスマホやフェイスブックという「ネット」があったから起きた犯罪です。ネットの専門家としてメディアを席巻する津田大介氏はフジテレビ『Mr.サンデー』にて、ネットのせいじゃないと論点をずらすことに必死でした。津田氏に代表される「ネット屋」はいいます。
「ネットに罪はない。包丁を使った通り魔が現れたからと、金物屋が責められることがないように。使う人間の問題だ」
ことここに至っては屁理屈。
「自動車に罪はない。人をはねても、ひき殺してもそれは人が悪いのであって自動車に罪を求めるものではない」
という主張と同じだからです。これが成り立つなら、戦闘機でも核兵器でも同じ主張が成立します。
自動車が凶器にもなると自覚した人類は、免許制度で安全を担保しようとし、自動車メーカーは各種安全装置で命を守ろうとし、実情に合わせて規制を強化していきます。危険運転致死傷罪はもちろん、後部座席のシートベルト着用の義務化もそのひとつです。
「ネットは人を不幸にする(こともある)」
という視点に、そろそろ立つ季節です。規制はひとつの知恵といってよいでしょう。そもそも、手の届く範囲内の被害に収まる刃物と、本人が制御しきれない自動車やネットを、同列に語ることが間違っているのです。
エンタープライズ1.0への箴言
「復讐のための暴露は自爆することが多い」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」