12月23日に打ち上げが予定されているH-IIAロケット37号機は、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入する初のミッションに挑むとともに、ロケットが自律的に飛行できるシステムを初めて本格的に採用する。

この2つの挑戦は、「高度化」と呼ばれる、H-IIAをより使いやすいロケットにするために行われてきた改良計画の成果であり、そして「H3」ロケットなど、日本の将来のロケットに役立つ、大きな可能性をも秘めている。

連載の第1回では、H-IIAロケット37号機の概要と、これまでに行われてきた「高度化」と呼ばれる改良について紹介した。第2回では、この高度化の成果を活用して行われ、そして今回の37号機で初めてH-IIAロケットに適用される、2機の衛星を異なる軌道に投入するための「衛星相乗り機会拡大開発」について紹介した。

今回は、2機の衛星を異なる軌道に入れられる技術が衛星打ち上げビジネスに与える影響と、今号機の打ち上げにおけるもうひとつの目玉となる、地上のレーダーに頼らない自律的な飛行を実現する、その仕組みについて解説したい。

  • H-IIAロケット37号機のコア機体

    愛知県にある三菱重工飛島工場で公開されたH-IIAロケット37号機のコア機体

商業打ち上げの機会拡大への期待

こうした2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に入れるという技術は、H-IIAを擁する三菱重工が参入している、商業衛星の打ち上げビジネスにとっても大きく役に立つ。

三菱重工の二村幸基(にむら・こうき)氏は、次のように商業打ち上げの機会拡大に向けた期待を語った。

「これまで我々は、大型の静止衛星を、商業打ち上げにおけるひとつの需要として考えてきました。ですが最近、低い軌道に小型衛星を何百機も打ち上げる『衛星コンステレーション』がもうひとつの潮流になりつつあります。コンステレーションでは似たような目的でも、衛星ごと、あるいは企業ごとに目標の軌道が異なることがありますから、この複数の衛星を異なる軌道に投入するという技術を確立することができれば、これを使った打ち上げビジネスを顧客に提供できるようになると考えています」。

ちなみに、2機以上の複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入するというのは、これまでに米国やロシア、中国などがすでに実用化に成功しており、H-IIAが世界初というわけではない。

衛星相乗り機会拡大開発を担当したJAXAの布施竜吾(ふせ・りゅうご)氏は、後発であるH-IIAのもつ強みとして、「中国やロシアなどの上段が使っている(ヒドラジン系の)推進剤と違い、H-IIAは液体水素と液体酸素を使っています。液体水素と液体酸素は再着火、再々着火が難しく、技術的なハードルの高さがあります。また、推進剤の性能もいいので、他国より効率のいい、性能のいいロケットにできるという強みがあります」と語った。

  • 三菱重工の二村幸基・技師長 H-IIA/H-IIB打上執行責任者

    三菱重工の二村幸基・技師長 H-IIA/H-IIB打上執行責任者

  • JAXAの布施竜吾・第一宇宙技術部門宇宙輸送系基盤開発ユニット 技術領域主幹

    JAXAの布施竜吾・第一宇宙技術部門宇宙輸送系基盤開発ユニット 技術領域主幹

もうひとつの高度化、地上レーダーに頼らない飛行が初めて本格的に適用

今回のH-IIAロケット37号機ではもうひとつ、新たな挑戦として、地上のレーダー局に頼らず、ロケット自身に搭載された航法センサーを使った飛行が初めて本格的に実現する。

従来のH-IIAロケットは、地上にあるレーダー局が出す電波と、それを受信するロケットに搭載されたレーダー・トランスポンダと呼ばれる電波中継器とを使ってロケットの位置を把握し、正常なコースで飛んでいるかなどの飛行安全管制を行っていた。

しかし、地上レーダー局は大掛かりな設備であり、さらに老朽化も進んでいることから、設備の更新や維持に大きなコストがかかっていた。そこで「基幹ロケット高度化」開発の中で、地上レーダー局に頼らずに飛行できる、飛行安全用航法センサーが新たに開発されることになった。

この航法センサーは、慣性センサーや、GPSなどの測位衛星を利用して機体の飛行位置を知ることができるセンサーなど複数のセンサーから構成されており、これによりロケット自身が自律的に位置情報を把握し、その情報を地上局に送信できるようになっている。これにより地上のレーダー局が不要となるため、運用コストの削減につながると期待されている。

また、このセンサーを新たに開発したことで、従来の部品の生産が終わってしまい調達できなくなる問題(部品枯渇問題)への対応も行われ、今後のH-IIAロケットなどの打ち上げを、安定して維持し続けることにも役立っている。

この航法センサーは、2015年に打ち上げられたH-IIAロケット29号機に初めて搭載され、従来型の地上レーダー局を使った管制と併用する形で試験が行われた。その後も、実際の打ち上げの中で同様の試験が続けられ、十分な実績ができたことから、今回いよいよ初めて、航法センサーのみで飛行が行われることになった。

  • 地上レーダー設備の不要化を目指した航法センサーの開発について

    地上レーダー設備の不要化を目指した航法センサーの開発についてのスライド (C) JAXA

ただ、今後すべてのH-IIAやH-IIBで、航法センサーのみを使った飛行になるかといえばそうではなく、当面は地上レーダー局も使った飛行も併用することになるという。

JAXAの布施氏は「当然、最終的には地上レーダー局をなくしたいとは思っていますが、いまのところは"移行期間"として両者を併用することになっています。どのタイミングで完全に航法センサーのみの飛行に切り替えるかは、三菱重工と検討していきます」と語る。

二村氏も「我々としても、最終的には地上レーダー局をなくしたいという方向でJAXAと話を進めています。ただ、お客さま(衛星会社)の中には、『(地上レーダー局を使う、信頼性のある)従来のシステムで打ち上げてほしい』という方もおられるので、そのあたりは調整して詰めていくことになります」と語った。

ちなみに基幹ロケット高度化開発ではもうひとつ、「衛星搭載環境の緩和」を目的に、火薬を使わないことで、従来より小さな衝撃で衛星を分離できる「低衝撃型衛星分離部」の開発も行われ、2016年に打ち上げられたH-IIAロケット30号機で試験が行われた。このときは実際の衛星の分離で使われたわけではなく、分離部のみを動かしただけだったが、所定の目標を達成したとされている。

いまのところ、H-IIAロケットにおいては、まだ実際の衛星分離に使う計画はないとのことだが、今年度中に打ち上げ予定の「イプシロン」ロケット3号機で、実際に衛星の分離にこの装置を使う実証試験が行われることになっている。

  • H-IIAロケット37号機のコア機体

    H-IIAロケット37号機のコア機体

一歩一歩、着実に未来へ

H-IIAロケットに、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入する能力をもたせることは、かねてよりの課題であり、そして基幹ロケット高度化開発や、第2段エンジンの再々着火試験などを通じて、実現に向けた準備が積み重ねられてきた。そしていよいよ、今回のH-IIAロケット37号機で実現する運びとなった。

今回の打ち上げが成功し、2機の衛星をそれぞれが目指す軌道に、それも正確に投入することが実証できれば、商業打ち上げ受注の機会が増えることが期待できる。近年、小型・中型の地球観測衛星は新興国を中心に需要が伸びつつあり、そして前述のように衛星コンステレーションという、数十機から数百機、あるいはそれ以上の数の衛星を打ち上げて、途切れのない地球観測や、インターネットを実現しようという動きがあり、一部はすでにサービスが始まっている。従来の静止衛星の顧客に加え、こうした衛星を運用する会社も顧客のターゲットとなることで、必然的に受注の機会も増えるだろう。

よく言われるように、H-IIAロケットは他国の同性能のロケットに比べるとやや高価ではあるものの、たとえば主となる衛星と相乗りする形なら、もう1機の衛星はロケット1機分の半額、あるいはそれ以下の値段で搭載できるため、他のロケットや、さらに小型・中型ロケットにも太刀打ちできるだろう。なによりH-IIAロケットには高い信頼性があり、そしてオンタイム(定刻)打ち上げの実績も高い。信頼性やスケジュールを重視する顧客は多いため、その点からも勝機が見えてくる。

だが、日本の基幹ロケットの未来を考える上では、もちろん課題もまだ残っている。

今回のような改良、また基幹ロケット高度化をはじめとする数々の施策は、たしかにH-IIAロケットを進化させ、そして次世代の「H3」ロケットにも活かされることは間違いない。

しかし、日本として自律的な宇宙輸送を安定して維持し続け、その上でロケット・ビジネスで戦っていくためには、ロケットの機体そのものの技術や性能と同時に、あるいはそれ以上に、発射台や発射場、それら立地、さらに衛星を搬入する空港や道路といった、ロケットを取り巻いている設備や環境も重要になる。

しかし、かねてより小誌でも取り上げているように、種子島宇宙センターが置かれているそれらの現状は決して芳しいものでなく、まさに仏作って魂入れずという状態にある(詳しくは「三菱重工、英インマルサットから通信衛星打ち上げを受注 - 2020年にH-IIAで (2) ようやく花開いた日本の商業打ち上げ、その花を枯らさぬために大切なこと」を参照のこと)。

もちろんそれは、ロケットの改良のように三菱重工やJAXAだけでどうにかできるものではなく、国や各省庁の協力が必要不可欠になる。

今回の改良を実現したような日本のロケット技術を、未来永劫活かし続け、日本として自律した宇宙輸送の手段を維持し続けるために、そしてさらに国際競争力を高め、多くの打ち上げ受注を取り付けるためには、今後、ロケットの機体以外でも革新が図られねばならない。

  • H-IIAロケット37号機の段間部に描かれた「しきさい」と「つばめ」のロゴ

    H-IIAロケット37号機の段間部に描かれた「しきさい」と「つばめ」のロゴ

参考

H-IIAロケットの継続的な改良への取組み状況について
平成29年度 ロケット打上げ計画書 気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)/超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)/H-IIAロケット37号機(H-IIA・F37)
H-IIAロケット高度化プロジェクト 終了審査の結果について
基幹ロケット高度化 プレスキット 基幹ロケット高度化 H-IIAロケットのステップアップ
三菱重工技報 Vol.51 No.4 (2014) 航空宇宙特集 技術論文 H-IIAロケットの高度化開発 -2段ステージ改良による衛星長寿命化への対応-

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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