商業打ち上げ市場へ食い込む大きな一歩
三菱重工とH-IIAロケットの商業打ち上げへの参入はまだ始まったばかりで、これまで長らく苦戦を強いられてきた。
しかし、2012年に韓国の地球観測衛星「アリラン3号」を打ち上げたのを皮切りに、2015年にはカナダの衛星通信会社テレサットの通信衛星「テルスター12ヴァンテージ」を打ち上げた。さらに2015年にはアラブ首長国連邦のドバイから地球観測衛星「ハリーファサット」、2016年には同じくドバイから火星探査機「アル・アマル」の打ち上げを受注しており、前者は2018年に、後者は2020年に打ち上げが予定されている。今回のインマルサット6 F1は、通算5件目の打ち上げ受注となり、商業打ち上げの主戦場である大型静止衛星の打ち上げでは2件目となる。
ただ、アリラン3号とハリーファサットは、JAXAの地球観測衛星を打ち上げる際の余力を利用して打ち上げられるため、大きく値引きができた結果、受注できたと考えられる。またテルスター12ヴァンテージは、「高度化」と呼ばれるH-IIAの改良(の一部)が施された機体の1号機であり、その試験も兼ねていたことからJAXAが打ち上げ費用の一部を負担し、いくらか値引きができたとされる(三菱重工、JAXAはともにこれについてコメントはしていない)。またアル・アマルの打ち上げでは、ロケット以外の別の取り引きが同時に行われたか、もしくは、あるいは同時に、国レベルでのトップセールスが行われたなど、政治案件であった可能性が指摘されている。
その真偽はともかく、しかしこれら一つひとつを確実に成功させ続けてきたことが実績となり、そして信頼につながり、今回の受注獲得につながったことは間違いない。これからも安定した打ち上げを続け、そして2020年に予定どおりインマルサット6 F1の打ち上げに成功すれば、その後もインマルサットとの関係が続き、さらに他の企業から受注を取り付けることもできるかもしれない。
また、現在JAXAと三菱重工が開発を進めている新型ロケット「H3」の商業打ち上げにとっても大きな弾みとなった。H3はH-IIAの後継機となる予定のロケットで、その第一の目的は、日本の宇宙への輸送手段の自立性の確保にあるが、自立性を確実に維持し続けるためにも、今まで以上に商業打ち上げ契約を取ってくる必要がある。H3はH-IIAより若干性能が向上しつつもコストはほぼ半減する予定で、それが実現すれば価格面でも他国のロケットと戦いやすくなる。
今回の発表でも、渥美氏は「H3は価格を含めた顧客満足度を向上させた打ち上げ輸送サービスを可能にする」と述べており、さらに「今回の輸送サービスが現在開発中のH3ロケットによる打ち上げ輸送サービスへとつながるよう、インマルサットとの末永い良好な関係を築いていきたい」とも語った。
またインマルサットのパースCEOも、「新型ロケットH3の開発に見られるように、三菱重工がイノベーションを追求する企業であるのは明らかです。これは我々が当社のパートナーに求めることであり、打ち上げ輸送事業を担う当社パートナーの一員として、三菱重工との長く実りある関係に期待しています」と語り、早くもH3を使った打ち上げに期待を見せている。
商業打ち上げの安定した獲得にとって障壁となる種子島宇宙センターの問題
しかし、これからも安定して商業打ち上げの受注を取り続け、アリアンスペースやスペースXからシェアのいくらかを奪い、そしてH3の安定した打ち上げを続けるためには、まだ課題が多い。
たとえば打ち上げが行われる種子島宇宙センターに人工衛星を運び込むためには、いったん北九州空港や中部国際空港などに降ろし、そこから船で種子島港へ運び、さらに陸路で宇宙センターへ運び込む、という面倒な方法をとる必要がある。というのも、種子島には種子島空港があるが、滑走路が短いため大型の輸送機が着陸できず、また空港から宇宙センターまでの道も狭いという問題を抱えているためである。ちなみにアリアン5が打ち上げられるギアナ宇宙センターは、空港と発射場が直結されているため、衛星を直接陸路で運び込むことができる。
また、種子島宇宙センターの施設は狭く、さらに老朽化も進んでいる。H3の開発と同時に改修は行われるものの、新たに建設するわけではなく、これまでの施設をほとんど流用する形になる。これにはコストの問題もあるが、H3の打ち上げ開始から数年間はH-IIAも並行して運用するため、両方の施設を残す必要があり、だからといって別の場所にH3の施設を建設しようにも、やはりコストと、そして建設場所の問題があって難しい。たとえば米国フロリダのケネディ宇宙センター周辺は土地が広く、スペースXなどが新しい工場や整備棟を続々と建てている。
かつてに比べると、こうしたさまざまな問題のいくつかは改善されたり、改善に向けた動きが行われている。しかし、まだ他国の環境と比べるとまだ十分ではなく、今後、H3の完成までに他国の水準にまで改善する見込みもない。
次世代ロケットが続々登場する2020年代を生き抜くために
さらに、H3が登場する2020年前後には、世界中で新型ロケットが続々と登場する。Amazonの創業者であるジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジンは、大型の「ニュー・グレン」ロケットを開発中で、再使用によって低コスト化を達成しようとしている。さらにニュー・グレンはまだ影も形もないどころか、ブルー・オリジンに商業打ち上げの経験がないにもかかわらず、すでにニュー・グレンによる商業打ち上げの受注も取っている。
そしてスペースXは、2018年の初めごろに、ファルコン9の最終進化型である「ファルコン9 ブロック5」を投入する予定で、機体の再使用が当たり前かつ、より効率的にできるようになり、いよいよ"飛行機のように飛ばせるロケット"の運用と、それによる大幅な低コスト化、低価格化が始まろうとしている。
さらに欧州のアリアンスペースも、アリアン5をさらに進化させた「アリアン6」を開発中で、米国の老舗ユナイテッド・ローンチ・アライアンスは「ヴァルカン」ロケットを開発している。両者ともに、スペースXほどのスピードではないにしろ、将来的に再使用による低コスト化も検討している。
これら競合ロケットとを比べた際、ロケットそのものの性能や、当面のコストなどは遜色ないものの、発射場や、それを支える周辺の設備、また法律や制度、そしてロケットの再使用化など、次の世代に向けた新しい技術の研究・開発の有無や規模といった全体で比較すると、H3は不利な状況にある。
日本のロケット産業にとって、H-IIロケットから20年来の悲願だった商業打ち上げ市場への参入は、H-IIAによってようやく花開いた。これからもその花を枯らさず、そして次の季節につなげるためには、こうしたさまざまな問題や課題を改善し、そして手厚く育てていかなければならない。それができなければ、せっかく咲いた花も枯れ、そして日本のロケット産業の土壌も、やつれてしまうことになるだろう。
参考
・三菱重工|英インマルサット社の「Inmarsat-6」シリーズ初号機打上げ輸送サービスを受注
・MHI to launch first Inmarsat-6 satellite - Inmarsat ・Airbus Defence and Space signs contract with Inmarsat to build two next generation mobile communications satellites
・2020年:H3ロケットの目指す姿 2015年7月8日 JAXA第一宇宙技術部門 H3プロジェクトチーム 岡田匡史
・3.我が国の輸送システム分野の状況・ 我が国の射場、射場系設備の老朽化状況(1)
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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Twitter: @Kosmograd_Info