こんな時代が来るなんて(しみじみ)

時代は変わりましたねぇ……と思わせられるような記事「Rubyにおける日本語・英語の言語の差を縮めるには?」が公開されていましたが、皆さんはご覧になったでしょうか。日本語と英語双方向の翻訳の話題ですが、記事のオリジナルとなっているCharles Nutter氏のブログを見ると、"日本語を英語に自動翻訳してくれるソフトウェア求む"という感じです。私がかつて翻訳プロジェクトにかかわっていたころから思えば、英語のネイティブスピーカが日本語で発信される情報の内容を切に知りたがる時代がやってくるなんて、夢のような状況です……ということで、今回はあのころの話、年寄りの昔話でもしてみましょうか。

翻訳の過程で得られたこともありました

けっして華々しい活躍をしたとは言えないながらも、私はかつて2つの翻訳プロジェクトに参加してきました。ひとつは「The Ja-Jakarta Project」で英日翻訳を、もうひとつは「Seasarプロジェクト」の英語サイト用に日英翻訳を行いました。

Ja-JakartaプロジェクトはThe Apache Software Foundation傘下で開発が進められているオープンソースソフトウェアのうち、The Apache Jakarta Projectで開発がスタートした、あるいは、現在もJakartaプロジェクトに所属するソフトウェアのドキュメントを日本語に翻訳するプロジェクトです。私が担当したことがあるのは、サーブレットAPIの一部とWebアプリケーションサーバであるTomcatのドキュメントの一部です。

始めた当初、翻訳の苦労というと、内容に間違いのないように正確に訳さなければならないところでした。ソフトウェアのドキュメントですから、正確でなければ意味がありません。英語を読んでも理解できない場合や疑問がある場合は、実際に動かしてみて書いてある通りに試してみることもよくありました。それでもどう書けば正確なのかがわからない場合は、ソースコードを眺めて何をしているのかを判断することもありました。

このように、和訳するドキュメント全部が実際に試してみないとわからないほど難しいわけではありませんが、動かしてみたり、ソースコードを眺めてみたりを繰り返しているうちに、翻訳にかかわった部分については詳細にわたり正確な知識が身につくというメリットがありました。通常、興味をもっているソフトウェアのドキュメントを翻訳しようと思ってはじめるので、知りたい気持ちも手伝って、すっかりその道のエキスパートになっていった人たちは少なくありません。

ソフトウェアの更新頻度に追いつかない翻訳作業

もうひとつ、和訳の苦労はオリジナルの英語サイトの更新の速さになかなかついていけないという点でした。とにかく、ソフトウェアのバージョンアップのスピードは速いし、Webサイトの更新も速いです。ところが、日本語に翻訳するペースを速くするのは簡単ではありません。プロジェクトに参加して和訳しようという人はなかなか増えませんし、仕事の合間のボランティアですから思うように時間がとれない難しさもあります。加えて、メジャーなソフトウェアになってしまって日本語の情報が増えると、和訳ドキュメントの重要度も減ってしまうので、がんばって追い付いて翻訳していこうというモチベーションも下がってきます。

そうこうするうちに、本家のJakartaプロジェクトはますます膨らんでいって、所属するソフトウェアはかなりの数に増え、翻訳者の興味の対象も分散してゆき、ひとつのソフトウェアにかかわれる人手は減ってゆく状況になりました。さらに、しばらくするとJakartaプロジェクトからAnt、Struts、Tomcatといったメジャーなソフトウェアが抜けてゆき、どんどんプロジェクト構成が変わっていきます。Ex-Jakartaプロジェクトは対象にするという方針をもちつつも、まだ始められなかったプロジェクトもあり、どこまで対象にすればいいのかの難しいところです。とはいえ、Ja-Jakartaプロジェクトでは今でもMavenのドキュメントの翻訳が続けられていますので、ぜひサイトを見にいってみてください。

和→英は今でも自信がありません…

もうひとつ、私がかかわったSeasarプロジェクトの翻訳は対象とするドキュメントは少ないものの、英訳ですから簡単にはできませんでした。加えて、私が担当した部分を英訳の質という点から見ると、まったく自信のない出来で、誰かに正しい英語に修正してもらいたいところです。

英訳の難しさは日本語をそのまま英語に置き換えても、英語のネイティブスピーカが理解できる英文にならないところです。本連載第16回第17回で英文ライティングの話をしましたが、そのときに「まずはオリジナルの日本語の文章を、英語にしやすい表現に考え直さないといけない」と説明しました。私が翻訳にかかわった当時はまだそれほど英訳の知識はなかったのですが、それでもやはり、そのままでは英文になりにくい文章は気になりました。もちろん、日本語の文章に問題があるわけではなく、純粋に日本語と英語の違いをどうしようかという問題です。

ソフトウェア世界の独特の言い回しも英訳時には悩むところでした。"Geek"のような有名な単語ならわかるのですが、それ以外の言い回しとなると……どこかのドキュメントかブログで見た記憶はあっても、それをなかなかrecall(本連載第29回参照)できません。ネイティブスピーカが見たら、難解な英語を読むよりも、ソースコードを読んだほうが速いと言われてしまうかもしれません。英語のブログでこれはと思う表現があったらメモでもしておかないといけませんね。

時代が変わったとはいえ、Rubyのように日本語を英語に翻訳してほしいという要望があるソフトウェアはまだあまり多くありません。今でも、日本語で読めたらうれしいと思うドキュメントの方が圧倒的に多いはずです。自分の知識をブラッシュアップできるよい機会ですので、興味がある方は英語のドキュメントを邦訳するプロジェクトに参加してみてはいかがでしょうか。