今回のテーマは「タスク管理」についてである。

"やればできる"タスクを掲げる

漫画家というのは、実はとてもタスク管理をしやすい職業だ。連載であれば毎月あるいは毎週、締め切り日というのは大体決まっている。今月はダーツで締め切りを決める、などということはまずない。

中には、お盆進行、年末進行(盆暮れに印刷所が休みになるため、締め切りが前倒しになること。ネット連載でも同じような進行を求められることがあるが、それは編集が休むためのものなので無視していい)というイレギュラーもあるが、毎年盆と正月が来ることはわかりきったことなので問題はない…と言いたいのだが、毎年連休進行をやっているのに毎回忘れるのが、漫画家七不思議のひとつでもある。

よって連載分に関しては、締め切り日に向けて何日までにネームを出す、何日までに完成稿を出すというルーティンをこなしていけば何の問題もないのだ。

このように書くと、とても計画性がある生真面目な人間のように見えるかもしれない。だが、私が提出しているのは、もはや描いた本人ですらおもしろいかどうかわからなくなっている、締め切りを守っている以外は長所が見当たらない原稿である。「面白くて売れる漫画を締め切り内で描く方法」が知りたい場合は他を当たってほしい。

では、具体的にどのように仕事を計画通り進めているかというと、とにかく1日でやることを決め、それを必ず実行するようにしている。つまり、「今日中にネームを描く」と決めたら、親が死んだとか、自分が死んだとか、よほどの事が起こらない限りは何を差し置いてでも描くのだ。もちろん、「モテたいから今日中に15歳若返って顔面をぱるるにする」というような目標は立ててはいけない。あくまでノルマは「やればできる」範囲にすることが重要である。

逆に、やると決めたことは必ずやるが、それ以外のことはまったくしない。予想より早く終わったからといって、明日の仕事を前倒しでやるということはしない。たとえ他にやることがまったくなく、虚空を見つめるしかなかったとしても、仕事だけは絶対しない。

つまり、「今日やること」を終えてしまえば後は自由時間であり、早く終わらせれば終わらせるほど、その時間は長くなる。なので毎日「よし、こいつを早くやっつけて思う存分虚空を見つめるぞ!」という高いモチベーションを持って仕事にあたることができるのだ。

しかし、繰り返しになるが本当にやると決めた以外のことはやらない。それは原稿に限ったことだけではないので、「部屋の掃除」が一日のノルマに入ってない場合は、どんなに汚れていてもやらない。そのため、ゴミに囲まれて虚空を見つめているという、端から見れば「お前他にやることあるだろ」という状態になってしまうこともままある。これが怠けているのではなく「一日の戦いを終えた戦士の休息」であると理解されないのが、非常に残念なところだ。

先々のタスクが生む「無間地獄」

早く終わったなら、次回のネタでも考えた方が後々楽になるのではないかと思われるかもしれないが、あんまり先のことを考えすぎるのも良くない。漫画家にとって一番つらいのは、志半ばで連載が打ち切りになってしまうことだが、その次につらいのが連載を続けることである。

続けさせてもらえることがいかにありがたいことかはわかっているが、続けていく内にどうしてもネタ切れが起こる。そこを何とかひねりだして脱稿した後に「来月も同じことをしなきゃいけないんだよな」と思うと暗澹たる気持ちになるのだ。

今回が早く終わったからと言って、次回、次々回のことまで考えていると、脳裏に「無間地獄」という言葉が浮かんでくる。結局漫画の連載も会社と同じで、続けなければいけない内は「会社爆発しねえかな」と思ってしまうのだ。もちろん、実際に爆発(打ち切り)したら困るのはわかっている。もし瓦礫と化した会社の前で小躍りしているやつがいたら本物のノイローゼであり、むしろそいつが爆破した本人であろう。

つまり、「どうせ明日も行くんだから」と連日会社に泊まりこんだりはしないように、漫画の仕事もどこかで区切らないとエンドレスになってしまい、その内自宅を爆破してその前で踊り狂うことになる。次のことは、次の締め切りまでに考えればいいのだ。また、あまり先のことまで考えすぎると、担当編集から突然「あと3回で終われ」と言われたとして、まったく対処できないという事態も起こり得る。

こちらがいくら完璧な計画を立てそれを実行していても、他人の都合でそれが狂う場合もある。漫画家の場合は「担当がネームの返事をなかなかよこさない」というのが一番多いのではないだろうか。担当のOKが出ないと作画には入れないし、独断で進めたあとに修正が入ったら完全な二度手間である。

幸い、私の担当編集は一様に返事が早い。中には「お前本当に読んだのか?」と疑いたくなるようなスピードで「これで良いです」と返信してくる担当もいる。しかし、返事が早いのはこちらも助かるので「OKしてくれるなら読んでなくても良い」と考えている。

この「必ずしも読む必要はない」というのは私の全作品に言えることなので、読者の皆さまもこの夏、私の本を読まなくていいから買ってみてはどうだろうか。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は8月11日(火)昼掲載予定です。