T-6テキサンといっても、航空自衛隊が次期練習機として採用を決めたテクストロンの機体ではなくて、第二次世界大戦中に活躍したノースアメリカンT-6テキサンの方だ。たまたま4月の渡米では、素の状態のテキサンにも遭遇したのだが、写真を撮った数が多いのは別の機体。。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • これが元祖T-6テキサン。P-51ムスタングと同じ、ノースアメリカン社の製品 撮影:井上孝司

Tora ! Tora ! Tora !

それが、アメリカのテキサス州に本拠を構える非営利団体、CAF(Commemorative Air Force)の出し物 “Tora ! Tora ! Tora !” で使われている機体。

真珠湾攻撃をお題にした同名の映画を製作したときに、本物の日本海軍機を用意するのは無理があったので、T-6テキサンを改造して「それっぽい」形と塗装を備えた機体を用意した。映画の撮影が終わった後、その機体がCAFの手に渡り、出し物で使われることになった。と、そういう経緯であるらしい。

ベースになったT-6は、空冷星形エンジンを備える単発・複座機。1941年当時、日本海軍の艦上機はみんな空冷星形エンジンを使っていたから、そこのところの違和感はない。ただ、零式艦上戦闘機は単座、99式艦上爆撃機は複座で固定脚、97式艦上攻撃機は三座、と形態がバラバラ。

さすがに固定脚までは再現しなかったものの、T-6テキサン改造機はそれぞれ、キャノピーの形を変えたり外部塗装を変えたり、ダミーの魚雷や爆弾をぶら下げたりと、いろいろ工夫をして「それっぽく」見せている。その塗装の中には、明らかに考証がメチャクチャなものもあるのだが、そこはあえて突っ込まない。

  • これは「零戦のつもり」なので単座  撮影:井上孝司

  • これは「九七式艦上攻撃機のつもり」 撮影:井上孝司

  • これは「九九式艦上爆撃機のつもり」? 撮影:井上孝司

それが編隊を組んで会場の上空に進入してくると、地上では火工品をドカンドカンと爆発させて炎や煙が上がり、そこを日本海軍の艦上機モドキが乱舞する。さらにそれを追いかけて、セバースキーP-35戦闘機モドキ(これもT-6の改造機)やP-40ウォーホーク戦闘機(これだけは本物)が飛び交う。と、そんな出し物である。

  • 火工品をドカンドカンやるので、こんな按配になる。雰囲気は出ている 撮影:井上孝司

  • これは「P-35のつもり」? 撮影:井上孝司

改造するといっても簡単ではあるまい

さて。本題は、その「日本海軍の艦上機モドキ」。複座機を単座機にみせかけるなら、キャノピーの全長が短くなるから、まだいい。複座機を三座機に改造すればキャノピーの全長が長くなるから、機体構造にも影響が及びそうなものだ。

現物の写真を見ると、キャノピーを延長しただけでなく、後方にも人が乗っている。してみると、胴体の上部を切り欠いてキャノピーを延長しているようにも見える。

それと比べると影響は少なそうだが、後部胴体の下面には着艦拘束フックが追加されているし、零戦モドキの単座機は尾部を零戦に合わせて尖らせた形に改造している。なかなか芸の細かい話ではある。

ただ、そうやって機体をいじれば、構造だけでなく空力面の影響も生じないか。漫然と改造していたら、重量バランスだって同じでは済むまい。すると、「もっともらしい外見に改造する」だけでなく、「改造した機体が問題なく、安全に飛行できることの確認」が必要になる。

いくら、当初の用途が「映画の撮影」という限定的なものであるとはいえ、安全に飛べるかどうか確認できていないものに「飛んでよい」と許可を出すわけにはいかない。

すると、安全に飛べる状態を保ちながら改造設計をするノウハウ、それを実際に適用するノウハウ、改造が終わった機体が安全に飛べることを確認するノウハウ、といったものが必要になるのではないか。

しかも、そもそも論として「そういう改造を当局が認めるかどうか」という問題もある。安全第一で無難に事を運ぶことを考えれば、「そんな改造は認めない」と当局がいいだしても不思議はない。

ウォーバードはアメリカのエアショーの楽しみだが

“Tora ! Tora ! Tora!” は成り立ちからしてちょっと異質だが、以前に取り上げたB-29 “DOC”、F6Fヘルキャット、P-51Cムスタング、さらには過去の訪米で見たことがある数多の機体など。

そんな具合に、アメリカのエアショーでは、ウォーバード、つまり主として第二次世界大戦のときに飛んでいた機体が動態保存されていて、実際に飛んで見せる場面をちょいちょい見かける。自分が見たことがある機体をリストアップするだけでもけっこうな数であるし、それ以外にもたくさんある。

また、原形のまま動態保存するだけでなく、大改造してエアレースに出ている機体もある。確か、ホーカー・シーフューリー、グラマンF8Fベアキャッと、そしてP-51ムスタングといったあたりの改造機が多かったような気がする。

先に書いた “Tora ! Tora ! Tora!” にしても、あるいはそこで使われている機体にしても、そしてウォーバードの動態保存や展示飛行にしても。みんな、アメリカの航空業界における、ある種の懐の深さのようなものを感じさせる話といえるのではないか……なんていうことを、煙がモクモク上がる中で乱舞するテキサン改造機を見ながら考えてしまった。

  • このP-40は本物だ 撮影:井上孝司

ウォーバードの動態保存というと、イギリスにもBBMF(Battle of Britain Memorial Flight)というのがあって、スーパーマリン・スピットファイア、ホーカー・ハリケーン、アヴロ・ランカスターといった機体をフライアブルな状態で維持している。

ことにランカスターみたいなデカブツになると、維持するには相当な手間と経費がかかっているはずだが、それでも維持する執念。そしてそれを認めている当局。欧米の航空業界は奥が深い。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。