海外に行くと、日本では想像もつかないような飛びものに遭遇することがある。2025年4月に、テキサス州のダイエス空軍基地で開催されたエアショー “Wings Over West Texas” に登場したSubSonex JSX-2も、そんな機体のひとつ。Sonex Aircraftというメーカーの製品だ。

参考 : https://www.sonexaircraft.com/subsonex/

プログラムでは「マイクロジェット」と書かれていたので、「こいつはいったい何者だ?」と首をひねっていたら、登場したのはこんな機体であった。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • 牽引されて移動中のSubSonex JSX-2(登録記号N19WJ)。操縦していたTorrey Ward氏は、40年のパイロット経験を持つ、累計飛行時間13,000時間というベテラン 撮影:井上孝司

パーソナルジェット機

このSubSonexは「パーソナルジェット」とうたわれている。乗れるのは一人だけ、そして多数の荷物を積めるような構造にはなっていない。つまり「個人でお手軽に、ジェット機のパイロットになって飛べますよ」という狙いで販売されている機体のようだ。

機体部分が50,000ドル、エンジンが86,000ドル、計器類なども含めた一式の総額が約148,000ドル。2025年5月時点の為替レートだと約2,140万円ぐらいで、このちっちゃなジェット機が手に入る。

2009年の “AirVenture” でコンセプトが披露され、PBS TJ-100エンジンを載せた実証機が2011年8月に初飛行を実施した。続いてプロトタイプ機を開発・製作して、2014年7月に初飛行を実施した。

その後、飛行試験を経て2015年2月からカスタマー向けの納入が始まったというから、だいたい10年ぐらいの歴史があることになる。主要諸元はこうなっている。

  • 全長 : 16ft(4.88m)
  • 幅 : 18ft(5.49m)
  • 空虚重量 : 490~500lb(222.5~226.8kg)
  • 総重量 : 1,000lb(453.6kg)
  • 巡航速度 : 220~240mph(352~384km/h)
  • 最大速力 : 300mph(480km/h。ただしメーカーでは287.7mphとしている)
  • 燃料搭載量 : 40ガロン(152リットル)
  • 航続距離 : 302マイル(30分の予備燃料を設定したときの数字。予備燃料なしだと412マイル)
  • 離陸滑走距離 : 1,200ft(366m)
  • 着陸滑走距離 : 2,000ft(609m)
  • 飛行中のSubSonex JSX-2。スモークを出しているのは展示飛行用の演出 撮影:井上孝司

ちなみに、機体構造は6061-T6アルミニウム合金製。エンジンは、チェコのPBS Velká Bítešという会社が小型無人機などでの利用を想定して開発した、PBS TJ-100というターボジェットエンジンで、推力は258.53lbf/1,150N。エンジン単体の重量は43lb(19.5kg)。

特徴はY尾翼

Sonex AircraftのSubSonexやWalex、Xenosといった機体に共通する特徴が「Y尾翼」。

パッと見たところではV尾翼に見えるが、2枚の尾翼の付根から下にもう1枚、縦方向の操縦翼面を追加してある(冒頭の写真で確認できる)。位置としては胴体の尾端にあたり、これが左右に動いて方向舵と同じ機能、つまりヨー方向の動きを司る。翼面を動かす仕掛けを撮影した動画や静止画を見ると、コンベンショナルな機械式の操縦系統だと分かる。

垂直尾翼と水平安定板を設ける代わりに斜めの尾翼を2枚用意するV尾翼なら、いろいろ事例がある。軍用機だとYF-23やF-117A、民間機だとビーチクラフト・ボナンザ・モデル35が有名だ。また、シーラスのビジョンSF50ジェットも該当する。

  • シーラス・ビジョンとは、こんな機体。この角度だとV尾翼が分かりにくいが、これは撮影した筆者の失敗 撮影:井上孝司

V尾翼では、それぞれの尾翼の後ろに操縦翼面が付いたり、あるいは尾翼がまるごと動いたりする。いずれにしても、左右を同じ側に向けて動かすか、互いに逆方向に動かすかで、ヨー方向の動きやピッチ方向の動きを生み出す。

Y尾翼では、さらに方向舵を追加することで「V尾翼よりもハンドリングが良くなる」というのがメーカーの説明。

オプションで「トライトンTC-167トレーラー」という車両がある。実は、SobSonex JSX-2は主翼が簡単に取り外せる構造になっていて、主翼を外すとトレーラーに収まり、道路移動が可能。外した主翼は左右の隙間に収容する仕組み。

自力で飛んでいけない遠方まで移動するとか、故障や破損で修理が必要になったとかいう場面で、このトレーラーが役に立ちそうだ。ちなみに、TC-167トレーラーのお値段は11,000ドル。

なお、“Wings Over West Texas”で飛んでいた機体は、離陸前はピックアップトラックに牽かれて(いかにもアメリカらしい)、着陸後は遠隔操縦式の牽引車で移動していた。手で押しても動かせるだろうが、移動距離が長くなるとしんどい。使われていたのは、Best Aviation Products製のR8という遠隔操縦式牽引車だった。

  • R8牽引車で移動するJSX-2。操作する人は写真の外側、右手に立っていた 撮影:井上孝司

参考 : https://www.besttugs.com/r8

これがキットとして売られている

調べてみて驚いたのは、このSubSonex JSX-2が「キット」として売られていること。つまり、買ってきたパーツを組み立てて飛ばすのである。ただし誰でも組み立てられるとは限らないし、飛行の安全は確保しなければならない。そこでアメリカでは、こうした機体の組み立てや登録申請を代行する業者があるらしい。

コックピットはMGLアビオニクス製のEFIS(Electronic Flight Instruments System)で、8.5インチのディスプレイを中央に据えたグラスコックピット。メーカーのWebサイトを見てみたら、このEFISの通販をやっていたので、また驚いた。

ちっちゃな機体とはいえ「ジェット機のキット」が売られていたり、そこに載せるEFISが通販されていたりするのだから、「航空」との距離感が日本とはまるで違う。

以前に、ネリス空軍基地のエアショー “Aviation Natoin” で、ホームビルト機(一品モノのスクラッチもホームビルトというが、ネリスで見た機体はキットプレーンのようだ)による編隊飛行が行われるのを見たことがある。各々の機体には、オーナーの好みでさまざまな塗装やマーキングが施されていた。

  • ネリスで飛んでいたホームビルト機。第二次大戦中のP-51ムスタングを模した塗装のようだ。FAAの登録情報を見ると、カテゴリーはAmateur Built、分類はExperimentalとなっている 撮影:井上孝司

こういうのを見ていると、「自分でライセンスを取って、飛行機を買って飛ばす」という行為が、日本よりずっと身近なところにあるのだと実感できる。すると、「空を飛ぶことの重み」あるいは「安全に対する意識」も、より当事者意識を持って感じられるのではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。