2024年12月29日に韓国の務安(ムアン)空港で、チェジュ航空2216便(バンコク発・務案行き)のボーイング737が事故を起こした。胴体着陸した機体が止まりきれずに滑走路の終端を飛び出し、そこにあったローカライザー設備に衝突・炎上する映像がニュースで流れており、御覧になった方も多かったと思う。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
ローカライザーとグライドスロープとは
事故機は降着装置が出ていない状態で胴体着陸したが、映像を見るとフラップが降りていなかったようにも見える。かかる事態に至った原因については今後の調査を待つこととして、ここでは言及しない。
その事故機が、ローカライザー用のアンテナを据え付けている土台にぶつかった。そこにコンクリート製構造物が造られていたことを問題視する報道があったという。では、どうしてそこにそういうモノがあったのか。
ローカライザーとは、計器着陸システム(ILS : Instrument Landing System)を構成する装置のひとつ。第117回で書いたことの繰り返しになるが、要点だけまとめておくと。
ローカライザーは、進入する機体が滑走路の中心線上から外れていないかどうかを知るために使用する。つまり、水平方向の位置関係を見るための装置である。そのため、電波を出す範囲は水平の扇形になる。中心線の左側は90Hz、右側は150Hzの変調信号が出ている。滑走路の中心線に正対していると両方の変調信号が等しくなるので、正しいコースに乗っているのだと分かる。
一方、縦方向の位置関係を把握して、適切な進入経路に乗っているかどうかを知るための装置がグライドスロープ。そのため、電波を出す範囲は垂直の扇形になる。基本となる考え方はローカライザーと同じで、中心線の上側は90Hz、下側は150Hzの変調信号を出している。正規の進入経路に乗っていると両方の変調信号が等しくなるので、正しいコースに乗っていると分かる。
以下の写真は、成田空港のA滑走路(滑走路34L)に設置されているローカライザーのアンテナとグライドスロープのアンテナを撮影したもの。
アンテナの設置位置に関する制約
求められる機能の関係から、ローカライザーのアンテナは滑走路中心線の延長線上に設置する必要がある。グライドスロープは事情が異なり、進入経路は滑走路の終端に近い接地点が起点となるから、その付近の滑走路脇に設置する必要がある。
そしてローカライザーのアンテナは、送信した電波が進入機のところまで遮られずに届かなければ仕事にならない。飛行場用地の端に壁やフェンスなどがあると邪魔になるかも知れず、そうするとアンテナの設置位置を高める必要がある。上の写真を見ると、鉄骨の上にローカライザーのアンテナを載せているのが分かる。
滑走路のエイミングポイント(この付近に接地する)で左右に描かれている四角いマーキング(長さ150ft、幅20ft)端部から、ローカライザー用アンテナまでの距離を測ってみたところ、成田空港A滑走路(滑走路34L)で約870m、務安空港(滑走路01)で約650mと差があった。
務安空港の南端における用地の状況を見ると、今の位置よりも南方にローカライザーのアンテナを設置するのは難しそうだ。そして飛行場の南側はすぐ道路が通っているから、侵入防止のためにコンクリート塀やフェンスが設けられている。それとの干渉を避けようとすれば、アンテナの設置位置を高める必要があろう。
務安空港では、アンテナの土台が鉄骨ではなくコンクリート製だったわけだが、鉄骨でも飛行機が高速で突っ込んだら、結果はあまり変わらなかったのではないか、とも思える。
空母でも事情は同じ
正しい進入経路に乗っているかどうかを知るための電波装置のアンテナで、設置場所に制約が生じる事例は、他にもある。以下の写真は、米空母「ロナルド・レーガン」の艦尾を撮影したもの。
お題は、AN/SPN-41 ICLS(Instrument Carrier Landing System)のアンテナだ。要するに空母用のILSである。AN/SPN-41はKuバンドを使用する着艦進入誘導装置で、水平方向の誘導電波を送信するアンテナ(azimuth transmitter)と、垂直方向の誘導電波を送信するアンテナ(elevation transmitter)を別個に設置している。
前者は、着艦場所となる斜め飛行甲板(アングルド・デッキ)の中心線上に据えられている(左側の丸囲み)。後者は、島型艦橋(アイランドの)の後方に設置している(右側の丸囲み)。着艦拘束装置を設けた接地点との絡みから、この位置が最適ということであろう。
ちなみに、伊海軍の空母「カヴール」もAN/SPN-41を搭載しているが、それについては以前に。第449回で取り上げたので、そちらを御覧いただければと思う。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。