およそ「乗り物」と名の付くものなら、みんなブレーキが付いている……とは限らない。艦船にはブレーキはないから、強制的に行き脚を止める際にはプロペラを逆回転させる。それに対して、飛行機にはブレーキがある。これについては以前にも取り上げているが、今回は「滑走路との関わり」という観点から見てみる。

2種類の減速手段

自動車や鉄道車両のブレーキは基本的に、車輪の回転を止める構造になっている。それによって減速できるかどうかは、車輪と路面、あるいはレールの間の粘着が機能しているかどうかに依存する。粘着が失われて滑走を始めてしまえば、いくら車輪の回転を抑えても効果がない(滑走したときの摩擦によって速度は落ちるが、それはまた別の問題)。

では飛行機はどうか。以前に解説している通り、飛行機の車輪にもブレーキが付いていて、これは自動車のブレーキと同じ。やはり、車輪と路面の間の粘着が失われればブレーキの効きを期待できなくなる。

そこでアンチスキッド・ブレーキが登場するところも、自動車と似ている。動作原理は自動車のそれと同じで、車輪の回転数を検出するメカニズムと、それを受けて制動力を制御するメカニズムからなる。滑走が発生すれば、行き脚が止まっていないのに車輪の回転数が下がったり、回転が止まったりするから、それを検知したら制動力を緩めて再粘着させる。

車輪と路面の間の粘着が失われると、回転数が急激に変動する。それに対して間髪を入れずに対応しなければならないから、アンチスキッド・ブレーキの制御系はレスポンスの良さが重要になる。迅速にロックを検出して、迅速かつこまめに制動力をコントロールして粘着を回復させなければならない。

タイヤと路面の粘着に拠らない制動手段

飛行機では以前にも書いているように、タイヤと路面の粘着に拠らない減速手段もある。

まず、エンジンの推力を逆方向に作動させる、逆噴射装置(スラスト・リバーサ)。プロペラ機であれば、羽根のピッチを変えることで同様に、逆方向の推進力を生み出せる。それと、空気抵抗を増やすことで制動力を生み出すスポイラーやスピードブレーキ(エアブレーキ)。

さらに強制力の高い手段として、後方に制動用パラシュートを展開する、いわゆるドラッグシュートもある。ドラッグシュートは、コンディションに関係なく常用するケースと、滑走路の路面が滑りやすいときだけ使用するケースがあるようだ。

ただ、ドラッグシュートは確実な制動効果を期待できる反面、一度使用する度に切り離して回収した後に、畳んで機体にセットし直す手間がかかる。航空自衛隊の機体では三菱F-2がドラッグシュートを備えているから、百里基地や築城基地では、ドラッグシュートの展開~切り離し~回収の模様を観察できそうだ。

  • 接地後にドラッグシュートを展開したF-2戦闘機 撮影:井上孝司

F-16とF-35の寒冷地仕様

ドラッグシュートというと外せない機体が、F-16とF-35A。どちらも、仕向地によってドラッグシュートの有無が異なる点に特徴がある。

F-16のうち、オランダ、ベルギー、ノルウェー、デンマークなど、一部のカスタマー向けの機体がドラッグシュートを持つ。F-2と同様に(本当は順番が逆だが)、垂直尾翼の基部を後方に伸ばすとともに幅も拡げて、そこにドラッグシュートを収容している。

しかし、F-35Aにそんなスペースはない。実際に組み立て途上の機体を見たから自信満々に書いてしまうが、機内はすでに他の機器類でギュー詰めだ。そこで、ノルウェー向けのF-35Aは胴体上面後部、左右の垂直尾翼の間に、ドラッグシュートを収容するための張り出しを追加した。

ドラッグシュートの展開を妨げず、しかもステルス性を維持しなければならないのだから、形状や構造の設計には頭を使ったことだろう。できれば実機を生で見たいところだったが、COVID-19のせいでノルウェーを訪れる機会が吹き飛んでしまったのは残念至極。

参考 : How it Works: The F-35A Drag Chute System(F35.com)

  • 光線の関係で分かりにくいが、左右の垂直尾翼の間にドラッグシュート用のフェアリングを追加したF-35A。ただしこれは米空軍の開発試験用機で、試験のためにドラッグシュートを後付けしたようだ 写真:USAF

面白いことに、これも相当な寒冷地であるアラスカでF-35Aを運用する米空軍は、ドラッグシュートなしで済ませている。アラスカのエイルソン基地に配備されたF-35Aの写真をいろいろ調べてみたが、ドラッグシュートのフェアリングは見当たらない。

舗装とブリスタリング

滑走路の側でも、タイヤが粘着を失わないようにするための工夫をしている。舗装に使用するアスファルト素材の工夫によって表面を “荒らした” 状態にしたり、真っ平らにしないで溝(グルービング)を施したりといった手段がそれ。それでも、氷結などが原因で摩擦係数が基準値を下回ると、危険だからということで離着陸は不可、空港は閉鎖になる。

ところが、この舗装で寒冷に起因する問題が起きることがあるという。表面の舗装と、その下の基層の間に隙間ができると、水が入り込んで溜まってしまうことがある。その水が冬季なら氷結、夏期なら気化して舗装路面を凸凹にしてしまう、いわゆるブリスタリングを引き起こす。舗装で使用するアスファルトの配合によっては不透水性が高くなるため、これもブリスタリングにつながる因子となる。

また、舗装は温度変化によって膨張・収縮するから、これも凸凹の原因になるという。北海道のように夏期の最高気温と冬期の最低気温の差が大きい土地では、舗装ひとつとっても難しそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。