人手不足や業務の属人化、紙やExcelに分散した情報の管理など、建設業界にはさまざまな課題がある。「建設DXで社会を変えていく」をビジョンに掲げる野原グループは、こうした状況の改善に向け、2025年にServiceNowのITサービスマネジメント製品「ServiceNow IT Service Management(ServiceNow ITSM)」から導入を始めた。なぜ、建設現場ではなくIT部門を最初の対象にしたのか。

10月27~28日に開催された「ServiceNow World Forum Tokyo」で、野原グループ IT 統括部 グループ CAIO兼IT統括部ゼネラルマネージャーを務める増本ファビオ氏が、導入の進め方や投資対効果の考え方、AI活用を見据えた全社展開の構想を語った。

DXの目的はシステム導入後の仕事を変えること

講演冒頭、増本氏がまず強調したのは、システムを導入することと、DXを実現することは同じではないという点だった。

「新しいシステムを導入することは、もちろんうれしいことです。ただ、私が気になるのはその後です。使う人がシステムをどう利用するのか、データを簡単に確認できるのか、業務の効率化につながったのか。仕事が楽になって、余った時間でほかのことができるか。そこまでできたら、おそらくDXを達成できたのかなと思います」

  • 増本ファビオ氏

    野原グループ IT 統括部 グループ CAIO兼IT統括部ゼネラルマネージャー 増本ファビオ氏

増本氏は、金融業界から建設業界に移った際、現場で紙に情報を記録していることや、野原グループ内でFAXのやり取りが多いことに驚いたという。顧客は町の大工から大手ゼネコンまで幅広い。紙でのやり取りを望む大工がいる一方、デジタル化を進めたい大手ゼネコンもあり、求める対応は一様ではない。

建設現場では、経験豊富な職人のノウハウを若い世代に引き継ぐことが難しい。野原グループの社内でも、ベテラン社員が持つ知識のデータ化は容易ではない。紙やExcel、メールに情報が点在し、本社と事業部の間でも共有しにくい状況がある。さらに人手不足も重なる中、単に新しいツールを導入するだけでは業務を変えられない。情報を蓄積して誰もが利用できる仕組みを整えることに加え、仕事の進め方も見直す必要があると増本氏は考えた。

なぜIT部門から始めたのか

増本氏が変革の出発点に選んだのはIT部門だった。

「IT部門から始めるのが一番手っ取り早いと思いました。簡単に言えば、私がコントロールできるからです。IT部門は問い合わせや障害対応、個別の依頼への対応を多く手がけています。ここでノウハウを蓄積し、全社のサービス品質を支えられるようにする。ITが変わらなければ、全社も変わらないと思います」

  • IT部門から始めた理由

    IT部門から始めた理由

基盤として選んだのがServiceNowだった。増本氏には過去にServiceNowを利用・展開した経験があったことと、IT領域にとどまらず、さまざまな部門の業務に利用を広げられる点が、IT部門を起点に全社を変える構想に合致していたからだという。

それまでIT部門では、問い合わせの一部をExcelで記録しており、情報を分析するのが難しかったという。ServiceNow ITSMを使えば、問い合わせや依頼を受け付ける窓口をまとめられ、従業員は対応状況を確認できる。IT部門側も、障害対応や依頼(サービスリクエスト)の処理状況を把握し、担当者ごとの対応のばらつきを減らせる。さらに、問い合わせや対応の履歴をナレッジとして蓄積することで、次の対応に再利用する仕組みを作ることが可能だ。

「ITSMから始めるのは、ServiceNowを導入する上で正解に近いやり方だと思います。ITの業務プロセスを標準化することが、他の部署や事業部の業務プロセスを標準化するきっかけになります」

「人・プロセス・基盤」を一体で考え、小さく始める

増本氏は導入時に重視する視点として、「People(人)」「Process(プロセス)」「Platform(基盤)」の3つを挙げた。

「使う人のスキルアップも必要ですし、業務の流れを標準化して、役割を明確にすることも大切です。ServiceNowを基盤にすれば、うまくいっていない業務の流れを変えることもできます。AIを活用するためにもデータを統一して蓄積する必要がありますから、人、プロセス、プラットフォームを同時に考えなければいけません」

2025年の導入では、小さく始めて適合性や使い勝手を確認するため、まずPoC(概念実証)を実施。次に本番運用へ移行し、サービスカタログや従業員向けポータル、インシデント管理、変更管理など、ITSMの機能を順次導入していった。

その後、IT資産管理(ITAM)の導入を終え、2026年7月からはIT運用管理(ITOM)の導入を進めた。一方、セキュリティ運用管理(SecOps)については、並行して進めていた別のセキュリティツールの導入が予定どおり完了しなかったため、着手時期を後ろにずらした。増本氏によれば、SecOpsの運用にはほかのツールとの連携も必要になる。SecOpsは2026年11月から導入を開始する予定だ。増本氏は、モジュール単位で展開でき、状況に応じて導入順を調整できる点もServiceNowの利点だと説明した。

  • ServiceNowの導入状況

    現在のServiceNowの導入状況

このように段階的な導入を進めてきたが、その中では投資対効果(ROI)をどう評価するかが課題となったという。

「“以前のシステム”がないので、ROIをどう考えるかは難しいところがありました。実際の業務にどれぐらい時間がかかるか、分析できるようになるか、サービス改善につなげられるか。そして、空いた時間を皆さんがどう使うか。そういうところを中心に考えました」

同氏は、ServiceNowについて率直に「安い製品ではない」と評した上で、全社的に利用領域を広げることがROIの向上につながると語った。

* * *

今後、野原グループが目指すのは、ITSMをIT部門だけの仕組みに終わらせず、全社のサービスを管理するEnterprise Service Management(ESM)へ発展させることだ。人事や総務など、社内サービスを担う部門への展開を見据えている。

「ITで蓄積したものを、全社に展開します。すべてのシステムを入れ替えるわけではありません。問い合わせなどを同じインタフェースから確認できるようになれば、ユーザーも使いやすいでしょうし、各部署にとってもなじみやすいと思います」

その先にはAI活用がある。ServiceNowに搭載されたAIエージェントを活用するだけでなく、ほかのツールで構築したAIエージェントも管理・連携できる点に増本氏は注目しているという。ServiceNowだけですべての業務を完結させるのではなく、ほかのソリューションと連携させながら建設DXの基盤にしていく構想だ。

「ServiceNowはゴールではなく、スタートラインにすぎません。まず下地をきちんと整えてから進めることが、全体のDXにつながると思います。システムを導入して満足するのではなく、一人ひとりが仕事を効率化できたか、欲しいデータを見つけられるようになったか。そうした変化まで含めて、DXを達成したと感じてほしいと思います」