生成AIの導入が進む一方、業務効率化の取り組みを事業全体の変革につなげることは容易ではない。部門ごとに分断されたデータやシステム、AIを使いこなす人材の不足など、企業が解決すべき課題は多い。
10月8~9日に開催された「NTT docomo Business Forum’26」では、NTTドコモビジネス 執行役員 デジタル改革推進部長の森信拓氏が「AXを前提としたNTTドコモビジネスの事業変革の取り組み」と題して講演。同社が進めるAX(AI Transformation)の戦略、データ基盤の整備、業務プロセス改革、そして自社の製品やサービスを先行して利用する「カスタマーゼロ」の取り組みを紹介した。
取り組みを停滞させる「言い訳ループ」と5つの課題
NTTドコモビジネスにおけるデジタル改革の取り組みは、ここ数年で大きく変化している。
森信氏は、2019~2023年をDXの黎明期、2024年を生成AIの普及に伴う転換期、2025年以降をAXの時代と位置付けた。DXの黎明期にはリモートワークへの対応や業務プロセスの変革が進み、2024年には大規模言語モデル(LLM)の広がりを受けてAI活用への関心が高まった。
森信氏は、現在のAXの段階では、従来とは異なる成果が求められるようになったと指摘する。
「AIで楽になった、時間を節約できたということだけではなく、実際に事業にどう効果があるのかが問われてきているのではないかと思います」
そうした事業変革を可能にする技術として、AIエージェントにも言及した。
また、AI技術の進化は非常に速い。SNSなどで話題になる技術が短期間で移り変わり、すべてを追い続けることは難しくなっている。
「追いかけるのでは遅いということで、何をやりたいかをしっかり意識しながらやらないといけないのではないかと考えています」
もっとも、AIの重要性を理解していても、実際の取り組みが進まない企業は少なくない。NTTドコモビジネスでも、思うように進まない領域があったという。
森信氏が紹介したのが、データ活用やDXを阻む「言い訳ループ」だ。新しい取り組みを始めようとすると「リソースがない」という声が上がり、人員を確保すると今度は「進め方がわからない」「環境がない」「予算がない」といった問題が表面化する。予算を確保してもデータが不足し、最終的に成果が出ないままプロジェクトが停滞する。時間が経って新たなアイデアが持ち込まれると、また同じ状況を繰り返すという。
こうした経験を踏まえ、同社はAXを推進するうえで取り組むべき課題を「戦略」「基盤」「データ」「人」「プロセス」の5つの領域に分類した。
戦略面では、2030年のあるべき姿として「人間がAIをコントロールし、最大限の利益を引き出す」ことをひとまずの目標に設定。その目標から逆算し、データ基盤や人材育成、業務プロセスなどに必要な施策を検討している。
EAとSSOTでデータ活用の基盤を整備
AXを進めるうえで重要になるのが、AIが利用できるデータ基盤の整備だ。
NTTドコモビジネスでは、以前から全社的なデータ活用に取り組んできた。しかし、事業やサービスごとにシステムが構築され、データも各組織で管理されていたため、部門を横断した分析が難しい状況にあった。
同社は2020年ごろから、各組織が保有するデータを集約するデータマートの整備を進め、BIツールなどを使った分析環境を構築してきた。一方、AIによる高度なデータ活用を進めるには、データを集めるだけでなく、企業内にどのようなシステムが存在し、それぞれがどう連携しているのかを把握する必要がある。
そのために取り組んでいるのが、EA(Enterprise Architecture)の導入だ。
森信氏は、EA自体は以前から存在する考え方だとしたうえで、AIの進化によって、その重要性が高まっていると説明する。同社ではEAによってシステムやデータの構造を可視化しており、AIを活用して多数のシステム間の関係や課題を分析できるようになったという。
「エンタープライズアーキテクチャの整備をしたことによって、我々のシステム自体が負債にならず、今後は武器になっていくのではないかと考えています」
また、同社では組織ごとのデータ活用状況を把握するため、DMBOK(データマネジメント知識体系)などのフレームワークを用いた成熟度評価も実施している。現状を評価し、改善すべき領域と優先順位を明確にする考えだ。
さらに同社は、データの信頼性を確保するため、SSOT(Single Source of Truth)の整備も進めている。
従来は各部門が必要に応じてデータを収集・加工しており、同じ情報でも複数のシステムに異なる内容が存在する可能性があった。SSOTでは、どのデータが正しく、どれが最新なのかを明確にし、信頼できるデータの参照元を統一する。
森信氏は、各部門が独自にデータを管理する状況を変えるためには、データを共通の方針で管理する目的やメリットを社内に示し、整備を進めることが重要だと説明した。
同社は、EAでシステムやデータ、業務プロセスの関係を明確にし、SSOTで管理されたデータをBIツールやAIエージェントが安全に利用できる環境を目指している。
この構想について、森信氏は従来の社員による改善活動を否定するものではないと説明する。
「これまで社員も、自分たちの見えているプロセスの中ですごく頑張ってきました。それ自体を否定する話ではありません。ただ、今はAIの力を借りて、多くのデータやプロセスを見渡せると考えています」
こうした環境では、データの収集や加工などの手作業をBIツールやAIに任せ、人間は分析のための問いを立て、結果を確認することに注力できるようになるという。ただし、分析の考え方を理解すること自体は引き続き重要であり、データ分析に関する教育も必要になると指摘した。
モバイル業務のプロセス改革
データ基盤の整備と並行して取り組んでいるのが、業務プロセスの全体最適化だ。
各部門では、担当範囲の改善が進められてきた。一方、森信氏は、個々の改善活動を事業全体の成果につなげることの難しさも感じているという。
「実際に事業にどこまで効果が出ているのかというと、なかなか難しいところがあります。私自身も悩んでいるというのが本音です」
そこで同社は、個々の作業だけを見るのではなく、業務プロセスをEnd to Endで可視化し、部門を横断して見直す方針を採っている。
具体例として紹介されたのが、法人向けモバイルサービスの業務改革だ。
ドコモグループの再編に伴い、NTTドコモビジネスはモバイルの法人営業を担当することになった。森信氏曰く、「モバイルサービスは契約プランの組み合わせが非常に多い」という。
従来は複雑な契約内容の確認や分析を担当者が行っており、徹夜で作業する社員もいたため、健康面への影響も懸念されていた。
そこで同社は、NTTドコモとNTTドコモビジネスのシステムを連携させ、契約情報や料金、サービス提供条件などを安全に利用できるデータ基盤を整備した。
両社は同じドコモグループに属するものの、別会社であるため、データ連携にはセキュリティ面を含めた調整が必要だったという。
もっとも、データの取得が速くなっても、その後の分析は依然として人手に頼る部分が残っていた。森信氏は、分析業務をAIへ移行する際の難しさを次のように語った。
「データがあっても、各個人やチームがどのように分析して、なぜ分析したのかをヒアリングしてAIエージェントにしていかないと、結局は人がやることになります」
そのため同社は、データの意味や関係性、業務上の判断ルールなどをAIが扱える形にする「オントロジー化」を進めている。
この取り組みの一環として、モバイル業務ではデータ基盤のSnowflakeとAI基盤のCopilot Studioを使った分析エージェントを社内向けにリリースした。自然言語で問い合わせることで、契約数などの集計・分析を行う仕組みだ。
森信氏は、こうした取り組みについて、従来の業務をそのままAIに置き換えるだけでなく、業務プロセスそのものを見直すことが重要だと説明した。
自社での先行活用とAI人材の育成
NTTドコモビジネスが重視している取り組みの一つが、自社を最初の顧客とする「カスタマーゼロ」だ。
森信氏は、営業担当者が顧客から受ける質問の例として「自社で使っているんですか」を挙げた。新しいサービスや技術を顧客に提案する企業として、自らどのように取り組むべきか。森信氏はデジタル改革推進部の役割にも言及した。
「我々の売り物をいち早く使って、自分たちのノウハウをお客様にフィードバックする。それが会社のためにできることだと思っています」
同社では、ゼロトラストを基盤とするセキュアPCやモバイル端末の整備、クラウドネイティブ化、ハイブリッド会議環境の改善、AIを活用した業務支援など、さまざまな領域でカスタマーゼロを実践している。
これと並行して、同社は実践力を重視したAI人材の育成も進めている。AXの実現には、データやシステムに加えて、それらを実際の業務で活用できる人材も欠かせない。
森信氏は、従来的な資格取得を中心とした育成だけでは十分ではないと強調する。
「資格を取るだけではなく、知識を実際の業務に生かしたところをポイントで評価するような資格を作って、運用しています」
この仕組みが、社内認定制度のDDL(Data-Driven Leadership)だ。
また、顧客の現場に伴走してAI活用を支援する人材の育成も進めている。地域に密着したAI活用を手がける「FDEライト」と、業界特有の課題に対応する「業界特化FDE」を組み合わせ、さまざまな規模・業種の企業のAXを支援していくという。
社長AIで社員の声を集める構想も
同社は、AIを社内コミュニケーションにも活用している。
その一つが、経営トップの考えを社員に伝える対話型の社長AI「AIコジー」だ。森信氏はその利用ログから、真剣に相談する社員も多く、社内で利用が定着してきたと感じているという。
さらに森信氏が期待するのが、AIを通じて社員の考えを経営側が把握する使い方である。
「社員が社長には直接なかなか言いづらいけれど、どう思っているのか。それを拾い上げる手段としてAIエージェントは使えるのではないかと思っています」
同氏は、こうした取り組みにAIエージェントを活用することで、経営層と社員の距離を縮め、エンゲージメントの向上にもつなげていきたいと力を込めた。
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最後に森信氏は、一連の取り組みを通じて、安心・安全な業務環境の実現、コスト最適化、従業員体験(EX)と顧客体験(CX)の向上を目指す方針を説明。
そのうえで、カスタマーゼロとして得られた経験を社内の営業部門やプロダクト部門に還元する考えを示した。
「すべての取り組みを自社でやるのではなく、営業サイドやプロダクトサイドにフィードバックして、カスタマーゼロとして自社で実践することを大事にしています」(森信氏)



