みずほフィナンシャルグループは、金融業務をAI前提で再設計する「AIネイティブ」への転換を進めている。将来的に数千規模のAIエージェントが必要になると見込み、その開発を効率化する「エージェントファクトリー」の構築を進めている。
AWS Summit Japan 2026で講演した同社 執行役員 デジタル戦略部長 Chief AI Officerの藤井達人氏は、金融機関に求められる厳格なガバナンスと開発スピードを両立させる仕組みや、法人営業支援への活用事例を紹介した。
人間中心からAI中心へ、金融業務のプロセスを再設計
金融業務には、大量の文章処理や定型判断、データ集約、照合作業など、AIと親和性の高い仕事が多い。みずほでは2026年から3年間で1,000億円規模のAI投資を計画しており、AIを全社レベルの変革テーマに位置付けている。現場と本部を分断せず、双方をつなぐ体制で取り組みを進めている。
その中で藤井氏が「重要なページ」として示したのが、人間中心に設計されてきた業務プロセスを、AIの能力を前提としたプロセスへ転換する考え方だ。 人間中心の業務は、担当者から担当者へ仕事を引き継ぐ直列的なプロセスになりやすい。
一方、AIは複数の情報を同時に処理し、その結果をまとめて分析できるうえ、時間帯を問わず稼働できる。例えば融資審査では、情報収集や分析をAIが担い、重要な判断には人が関与する「Human in the Loop」の形が考えられる。
「人は消えるのではなくて、こうした新しいAIネイティブのプロセスと共に動いていく。人が重要な判断や会議を担っていくことになります」(藤井氏)
AIエージェントは将来数千規模に、なぜ「量産」が必要なのか
AIネイティブな業務を実現するには、用途の異なる多数のAIエージェントが必要になる。みずほでは、AIエージェントを全体統括の「オーケストレーター」、業務ドメイン統括、業務エキスパート、サブタスクモジュールの4階層で設計する考え方を採用している。
全社業務をこの考え方で整理すると、15領域、約100の業務カテゴリに及ぶ。みずほでは1,000以上のAIエージェント候補を識別しており、将来的には数千規模に拡大する可能性があるという。個人の業務効率化であれば数個のAIツールでも対応できるが、AIを業務プロセスに本格的に組み込むと、必要なエージェント数は大幅に増える。
しかも、それぞれが現場の業務に密着するため「少量多品種」になる。一方で、監査、セキュリティ、ガバナンスは共通して守らなければならない。そこで必要になるのが、AIエージェントを効率的に量産する「エージェントファクトリー」である。
AIエージェントを安全に量産する「ハーネス」の仕組み
エージェントファクトリーの中核になるのが「ハーネス」だ。藤井氏はこれを、AIエージェントを安全かつ安定的に業務へ組み込むための「共通制御層」と説明する。
ハーネスには、ガードレール、長期記憶、Skills、Tools、評価・オブザーバビリティなど、AIエージェントに共通して必要となる機能を組み込む。これにより、個別のAIエージェントを開発するたびに、セキュリティ対策や監査機能を一から実装する必要がなくなり、開発の効率化につながる。
ハーネスの下には、みずほ独自のガバナンスを配置する。「賢いエージェントを一つひとつ作るということではなく、安全な作り方そのものを標準化してしまいましょうということです」と藤井氏は語る。
エージェントファクトリーの特徴は、「アジリティ」と「エンタープライズガバナンス」を両立させる点にある。AWS CDKやAmazon Bedrock AgentCoreなどを使って共通要素をテンプレート化し、現場固有の業務知識はSkillsとして組み込む。共通化できる部分は基盤側に集約し、業務ごとの違いはSkillsに反映する設計だ。
こうした共通基盤の整備により、AIエージェントの開発環境を約10分で展開できる仕組みを整えている。セキュリティやガバナンスに必要な機能を共通化することで、開発者は個別業務に必要な機能の実装に集中できる。
「早く作るために統制を削る」のでも、「統制のために何も進まない」のでもない。藤井氏は、最初から統制を組み込んだ「早く作れる型」を持つことが重要だと強調する。
営業準備時間を約50%削減、AIエージェントの活用事例
エージェントファクトリー上で開発する具体例として紹介されたのが、法人営業を支援する「みずほRM Studio」である。
過去の顧客との面談内容、社内に蓄積された顧客情報、市場情報などをもとに、営業支援AIエージェントが提案シナリオや資料作成を支援する。内部ではWeb検索、商品探索、行内情報探索など複数のサブエージェントが連携するマルチエージェント構成を採用している。
PoCでは、営業担当者の事前準備時間を約50%削減したほか、顧客との会話機会が約3倍になった店舗もあったという。
重要なのは、AIを単機能のツールとして使わないことだ。企業・業界調査から提案の示唆出し、アポイント取得メール、面談シナリオ、資料作成までを連続したプロセスとしてつなぐ。面談後も議事録を入力すれば、結果の整理や次のアクションへつなげられる。
藤井氏は「単に資料を早く作るということではなく、営業がお客様としっかり向き合う時間を確保する」ことが狙いだと説明する。AIが人に代わって営業するのではない。情報収集や提案準備を支援することで、営業担当者が考え始めるまでの時間を短縮し、顧客との対話により多くの時間を使えるようにする。 こうした法人営業支援に加え、みずほでは社員一人ひとりに専用のAIエージェント環境を提供する「みずほCowork」の開発も進めている。同社は10月5日、Anthropicの「Claude Agent SDK」を活用した自律型AIエージェント基盤を開発し、業務適用に向けたPoC(概念実証)を開始すると発表した。
みずほCoworkでは、AWS上に社員ごとの作業環境を用意し、AIエージェントが調査・分析、資料作成など複数工程からなる業務を自律的に実行する。社内ルールに準拠したガードレールや監査ログなどの統制機能も組み込み、金融機関に求められるセキュリティと業務効率化の両立を図る(参考記事:みずほFG、自律型AIエージェント基盤「みずほCowork」開発 - Claude Agent SDKを活用)。
AIネイティブな金融業務を実現するには、個別のAIサービスを増やすだけでは足りない。将来の業務プロセスから逆算して必要なエージェントを設計し、それらを安全に、速く、継続的に生み出していく。藤井氏が示した「エージェントファクトリー」は、AI活用をPoCから企業の業務基盤へ移すための仕組みといえる。



