沖縄県内の中小企業を支援する沖縄県産業振興公社は、紙とハンコが根強く残り、日々の事務処理に職員が疲弊していた。「支援する組織が変わらなければ、お客様へお届けする価値も変わらない」──そう気づいた同公社は、「アジャイル」をキーワードにkintoneでの内製化に乗り出した。
プロジェクトリーダーを務めた新崎康利氏が6月23日、福岡で開催された「kintone hive fukuoka 2026」で、現場を巻き込みながらアジャイル方式で内製化を進めた2年間を振り返った。
「ありがとう」を生み出す組織が、日々の事務処理で疲弊していた
沖縄県産業振興公社は、沖縄県内の中小企業を対象に経営革新や創業支援、海外展開など幅広い経営課題をワンストップで支援する機関だ。那覇市に所在し、1971年の設立から今期で55期目を迎える。県内の支援機関を束ねる中核的支援機関にも位置付けられ、年間予算規模は20億円、36の支援メニューを実施している。
組織の内情はやや特殊だ。各事業の専門人材による任期付き職員が多くを占めるため、職員数120名のうち正社員はわずか15名。そして、平均年齢は50.6歳という。「紙やハンコが大好きでデジタルから遠い組織」と新崎氏はいう。
そのような組織がなぜkintoneを導入するに至ったのか。
「2年前、組織は相当に疲弊していた」と新崎氏は語った。情報はバラバラに保存され、業務は担当者しかわからない属人化。集計は毎月手作業、残業も増えていた。組織は常に紙に追われていた。「本来は中小企業を支援する立場の職員が、日々の事務処理そのもので疲弊してしまっていた」と新崎氏は振り返る。加えて任期付き職員が多いことで、現場で得た支援ノウハウが十分に共有・蓄積されないという固有の課題も抱えていた。
「支援する組織が変わらなければ、お客様にお届けする価値も変わらない。でもどうやって変わればいいのか」と新崎氏は当時の状況を説明した。
専務理事の「アジャイルで行くぞ」から始まった2年間
そこに転機が訪れる。当時の統括責任者・専務理事だった谷合誠氏の存在だ。沖縄県庁からの出向経験を持つ谷合氏は、県庁でのkintone活用実績を踏まえ、新崎氏に「部分最適ではなく、全体最適で考える。完璧を目指さない。まずはやってみよう。アジャイル方式で取り組もう」と持ちかけた。
「アジャイル?」――新崎氏はこのとき、その言葉の意味さえ分からなかったという。新崎氏は元々システム担当ではなく通常業務も抱えている。右も左も分からないまま、未来のビジョンを描く谷合氏と現場で汗をかく新崎氏という2人でプロジェクトが動き出した。
現場からは「またシステムを入れるのか」「入力が手間だ」「今のままでいい」と反発の声も上がった。「またシステムを入れるのか」「入力が手間だ」「今のままでいい」――平均年齢50.6歳の組織である以上、当然の反応だったと新崎氏は振り返る。「人間は本来、変化を恐れる生き物ですから」と新崎氏。
現場を主役にする、5部署横断のプロジェクトチーム
そこで新崎氏が下した決断が「現場を主役にする」ことだった。そのために、経営支援課、総務課、事業支援課、海外ビジネス支援課、産業振興課の5部署から担当者を1人ずつ選出し、全社横断のプロジェクトチームを結成した。
チームで守ったルールは3つだけ。
(1)毎週必ず進捗会議を行う(全員が揃わなくても、短時間でもかまわない)
(2)現場の意見をその場で吸い上げて解決する
(3)完璧を求めずまず使ってみる
特に(2)については、「kintoneならそれができた」と新崎氏。この3つを繰り返すうちに、チームには「現場の声を聞き、その場で改善し、また現場に持ち帰る」というアジャイル文化が根付いていった。それは、組織全体の変化に広がっていく。
自分たちの意見がその場でシステムに反映される様子を目の当たりにした職員は、「自分たちのためのシステムなんだ」という当事者意識を持つようになったという。これを毎週・数カ月にわたって続けるうちに、チーム全員が「システムは与えられるものではなく、自分たちで育てていくもの」という気づきをえた。
導き出した「kintoneアプリ作成の三鉄則」
こうした過程を経て、公社は独自の「kintoneアプリ作成の三鉄則」にたどり着いた。
(1)今日ではなく、未来を見る
(2)個人ではなく、組織で使う
(3)完璧より、シンプル
これを徹底していくことで、kintoneは職員全員に浸透していった。
実際に作成したアプリの中には、新崎氏自身が作成したという企業情報・相談カルテ・事業管理などの基幹アプリもあれば、その他のプロジェクトメンバーが担当した各事業アプリもある。「ITが苦手な職員でも迷子にならないように、シンプルなアイコンと明確な動線設計にこだわった」と新崎氏。例えば企業情報アプリと相談カルテアプリは、いずれも項目を絞り込みA4一枚に収まる分量に抑えている。新崎氏は「アプリ開発自体にはそれほど時間をかけていない。その何倍もの時間を、項目選定にかけている」と話す。
工夫を凝らした点として、相談カルテを入力した後、kintone標準のアクション機能を使い、ボタン一つで必要な情報を別アプリへ自動転記する仕組みを紹介した。これにより、職員が同じ情報を二度入力する手間をなくしている。
事業管理アプリでは、公社が実施する36事業の予算執行率やKPIを月次でリアルタイムに把握できるように可視化した。一覧画面には各事業の予算執行率と棒グラフを表示しているが、これはコードを使わず、文字列1行フィールドの計算式にIF文を組み合わせるという力技で、標準機能のみで実現したという。
情報確認40%、集計業務50%削減 組織の「風景」も変わった
このアジャイル型の開発によって、短期間で目に見える成果が生まれた。情報確認に要する時間は約40%削減、毎月の集計業務の時間は50%削減された。数字に表れない変化として、以前は大量の紙を印刷して臨んでいた調整会議が、今では職員がそれぞれノートパソコンを持ち寄り、画面を見ながら議論する形に一変したという。「組織の風景がガラッと変わった」と新崎氏。事業管理アプリの活用もあってKPIは大幅に達成し、職員の業務改善に対する意識も高まった。
プロジェクトリーダーを務めた新崎氏が「最もうれしかった」というのは、削減された時間でもKPI達成でもない。ある日、職員から「新崎さん、ありがとう」「助かります」「企業支援する時間が増えて、先方に感謝されたよ」などと声をかけられたときだった。業務効率化によって生まれた時間が企業支援に回り、それが企業の成長につながり、感謝が返ってくる。
しかも、kintoneの活用によって支援ノウハウ自体が蓄積されていく。新崎氏は、自分たちが作っていたのは単なる業務システムではなく、そうした好循環そのものだったと実感を語った。
この2年間で新崎氏が得た結論は3つある。
(1)現場を主役にする
(2)毎週作り直すアジャイル方式で進める
(3)100%内製・ノーコードにこだわる
業者からの助言は聞きつつも、考え作り上げるのは自分たちで行うという姿勢を貫いてきたという。
「組織を変えられるのはシステムではなく人。人を動かすのは、その人の当事者意識だ」。新崎氏はそう締めくくり、公社のDXはまだスタートラインに立ったばかりだと語った。


