産業革命以降の人類の活動による長期的な二酸化炭素(CO2)排出量の増加は、海洋の温暖化や酸性化、貧酸素化を引き起こしている。そうした中、数年に1度発生する、世界各地の異常気象に関与する「エルニーニョ現象」や「ラニーニャ現象」などの影響が重なり合うことで、前例のない極端な海洋事象が発生し、海洋生態系が回復不能なダメージを受けるリスクが高まっている。そのため、海の食物連鎖の土台となる植物プランクトンなどの海洋低次生態系に関する季節予測研究の重要性がきわめて高まっているのが現状だ。
エルニーニョ現象の発生や影響については、現在、スーパーコンピュータと気候モデルの組み合わせにより、半年から1年程度先の予測が可能になってきているものの、それは気温や水温などの物理的な変数に限定されており、植物プランクトン量などに関する予測は難しい。
そうした中、海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、気候モデルに海洋低次生態系モデルを結合した季節予測システムの最新版「SINTEX-F2bio」を開発。植物プランクトン量の半年先までの予測が可能になったと8月27日に発表した。
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2026年7月1日時点で予測された同年11月〜2027年1月平均における表層クロロフィル濃度の偏差(平年値からのずれ)。寒色が平年よりクロロフィル濃度が低いことを示す (出所:JAMSTEC Webサイト)
同成果は、JAMSTEC 情報地球科学研究部門 アプリケーションラボ 極端気候・海洋デジタルツイン研究開発グループの土井威志主任研究員/グループリーダー(JAMSTEC 技術研究開発部門 船舶DX季節予測開発センター 季節予測モデル開発グループ兼任)、同・馬場雄也主任研究員(同兼任)、同・林田博士研究員(JAMSTEC 技術研究開発部門 スマートセンシング技術開発センター 海況観測・解析グループ兼任)の研究チームによるもの。詳細は、米国気象学会が刊行する、地球の気候システムや変動メカニズムを扱う専門論文誌「Journal of Climate」に掲載された。
「植物プランクトン量の季節予測情報」はなぜ重要なのか
現在の気候予測では、半年から1年ほど先のエルニーニョ現象やその影響を扱える気候モデルが用いられており、数カ月前から予測された情報が毎月準リアルタイムに提供されている。JAMSTEC アプリケーションラボでも欧州の研究者らと共同で「SINTEX-F季節予測システム」を開発し、予測の高精度化および予測情報を社会応用するための研究が進められてきた。しかし、植物プランクトン量などに関する季節予測情報は提供できていないことが課題となっていた。
植物プランクトン量などに関する季節予測情報を提供できれば、水産資源の分布や漁獲量の予測向上にもつながることが期待される。特に、今回の研究で注目されたインドネシアやパプアニューギニアなどの熱帯太平洋西部の島嶼国では、エルニーニョ現象に伴う海水温や海流の変動が直接影響するため、漁場が急激にシフトしたり、漁獲量が急激に落ち込んだりするリスクを抱えている。
数カ月から半年前に魚の餌である植物プランクトンの増減を把握できれば、エルニーニョ現象のような気候イベントによる経済的・社会的打撃への備えとして、漁業管理や食料供給計画の策定に応用することが可能だ。そこで研究チームは今回、気候予測システムに海洋低次生態系モデルを結合させた新システムの開発を試みることにしたという。
今回の研究成果
今回の研究では、熱帯域での予測精度が高い季節予測システム「SINTEX-F」に海洋低次生態系モデルを組み合わせた「SINTEX-F2bio」が開発された。そして同システムを用いて、2005〜2022年の各年について8月初旬から季節予測実験を実施し、人工衛星から得られた観測データを用いて予測結果の検証が行われた。
その結果、熱帯太平洋西部において約半年後の12〜2月平均の植物プランクトン量の指標である「表層クロロフィル濃度」を高精度で予測可能であることが確認された。エルニーニョ現象によって、熱帯太平洋西部の貧栄養な暖水が東へ移動するプロセスを正しく予測することが、この海域における植物プランクトン量の予測に重要であることも突き止められた。
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2005〜2022年の12〜2月平均における表層クロロフィル濃度を8月初旬から予測した際の精度。衛星観測データとスーパーコンピュータによる予測値の2種類について相関関係の強さが示されており、1に近づくほど予測精度が高い。色がついている領域は、予測がある程度可能であることを示す (出所:JAMSTEC Webサイト)
気温や水温などの物理変数を季節予測する段階を超えて、植物プランクトン量の季節予測が熱帯太平洋である程度可能であることが示されたのは世界初のことであり、きわめて重要な成果だという。これにより、従来の気象・海象予報では実現していなかった海洋低次生態系の準リアルタイム季節予測結果を提供できる可能性が高まったという。
今後の課題としては、植物プランクトン量の季節予測のような情報を漁業管理や食料供給計画にどのように役立てるのかを具体的に示していくことが挙げられている。海洋低次生態系の準リアルタイム季節予測を、インターネットで広く情報提供することにより、多様な潜在的ユーザーを開拓していく方針とした。その一方で、研究チームは特定のユーザーとより密に連携して研究を推進していく必要性も感じているという。現在は、すでにカツオなどの生息域推定モデルと連携した研究を推進しているとした。
また今回の研究では、表層クロロフィルが注目されたが、SINTEX-F2bioでは、炭素・酸素・栄養塩・動物プランクトンに関連した計24の生物地球化学に関する変数が計算・出力されている。研究チームは現在、これらを駆使して、北太平洋海洋科学機構と北太平洋の東西をまたぐ海洋物理および生態系の国際的な分野横断研究を主導しているとした。
さらに、生物地球化学に関する、溶存酸素、硝酸塩、pH、クロロフィルなどのセンサを搭載した海洋観測ロボット「生物地球化学アルゴフロート」により広範囲で取得されたデータを用いて、SINTEX-F2bioの検証や、モデルと観測から最も確からしい状況を推定するデータ同化を進め、より高精度な海洋低次生態系の季節予測をめざしていく方針とした。
加えて、脅威にさらされている海洋生態系や海洋機能の保全、漁業などの産業などに対する被害を軽減するために、関係者の意思決定を支援できるシステムの開発を進めていくという。これは、G7科学技術大臣会合や同会合下の「海洋の未来イニシアティブ」においても取り上げられた海洋デジタルツインの構想にも合致するとしている。
