京都大学(京大)は10月19日、植物プランクトンや従属栄養性の原生生物を含むプランクトンの群集タイプを衛星データから予測するモデルを開発したことを発表した。

  • 今回の研究のイメージ

    今回の研究のイメージ(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大 理学研究科の金子博人大学院生(研究指導認定退学、現・協和キリン所属)、京大 化学研究所の緒方博之教授、産業技術総合研究所 人工知能研究センターの富井健太郎研究チーム長、同・中村良介総括研究主幹らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の微生物に関する全般を扱う学術誌「ISME Communications」に掲載された。

海洋プランクトンは、海洋食物連鎖の出発点であるだけでなく、生物炭素ポンプを通じて大気中におけるCO2濃度の調節にも関わり、地球上の炭素固定の約半分を担っていることから、地球環境への影響力が極めて大きいと考えられている。そのため詳細な研究が必要とされているが、プランクトンの種類や群集動態などを調査するために、学術調査船を用いて現場観測を全球規模かつ高頻度に行うことは事実上不可能だった。

しかし近年、地球上の観測を全球的かつ高頻度に行える仕組み手法として、地球観測衛星を利用した宇宙からのリモートセンシングが登場してきた。リモートセンシングであれば、軌道が許す限りの観測範囲を広範囲かつ高頻度で観測可能で、プランクトンの動態を広域かつ高密度でモニタリングする場合においても非常に強力なツールになるという。

ただし、各種地球観測衛星は低軌道で周回していたとしても地上から数百kmの高度のため、現在のカメラや合成開口レーダーなどの性能では、得られるデータの種類が海色データや環境パラメータに限定されるといい、言わずもがなプランクトンを直接観測することは不可能だ。そこで研究チームは今回、過去最大規模の全球現場観測データセットとリモートセンシングデータを組み合わせることにより、プランクトン群集タイプを衛星データから予測するモデルを開発することを目指したという。

今回の研究では、京大が参加した日・米・欧による海洋微生物探査プロジェクト「Tara Oceans」でのプランクトンなどの大規模海洋サンプリングで得られた真核微生物メタバーコードをまとめた、「EukBankデータセット」が活用された。メタバーコードはとは、サンプルに含まれるすべての真核微生物が持っている「18SリボソームRNA遺伝子」の配列を網羅的に解読したもので、その情報からサンプル中のプランクトンの組成を知ることが可能だとする。

  • 各観測地点のプランクトン群集タイプ

    各観測地点のプランクトン群集タイプ(出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームはまず、現場観測地点ごとのプランクトンの組成に基づき、すべての観測地点を6つの群集タイプに分類した。この分類には、コンピュータによる種間相互作用ネットワークの推定法や、グラフ理論的なモジュール検出法などを利用したという。

次に、機械学習の手法の1つである「サポートベクトルマシン」を用いて、衛星データからプランクトン群集タイプを予測するモデルを構築したとのこと。衛星データは、米国航空宇宙局(NASA)が運用する「Terra」(1999年12月打ち上げで現在も運用中)および「Aqua」(2002年5月打ち上げで現在も運用中)の両衛星によって取得された海色データと環境パラメータが使用された。その結果、67%の正解率で観測地点の群集タイプを衛星データから予測するモデルを開発することに成功したとしている。

  • 群集タイプ予測モデルの交差検証における性能

    群集タイプ予測モデルの交差検証における性能(左:混同行列、右:ROC曲線)(出所:京大プレスリリースPDF)

続いて、今回構築したモデルを用いて、過去約20年間にわたるプランクトン群集タイプの全球分布が衛星データから予測された。その結果、プランクトン群集タイプの季節変動や長期変動を捉えることに成功。たとえば、黒潮やメキシコ湾流などの西岸境界流の続流域では群集タイプの季節変動が大きく、特に秋季に特定の群集タイプが出現するパターンが見られたという。なおこの結果は、現場観測により知られている現象と一致するものだったとのことだ。また、過去20年間で中・低緯度域の海水温は約0.4度上昇しているが、その中で分布が拡大・縮小する群集タイプや安定した群集タイプが見られ、群集タイプにより海洋温暖化に対する応答が異なることが示唆されたとする。

  • 衛星データから予測された、2021年の季節ごとの群集タイプ

    衛星データから予測された、2021年の季節ごとの群集タイプ(出所:京大プレスリリースPDF)

海洋には、植物プランクトンや従属栄養性の原生生物の他にも、原核生物やウイルスも存在する。原核生物やウイルスはサイズが小さいため衛星での観測は困難だが、今回の手法なら、群集タイプの特定に使用する生物組成データに真核微生物以外の生物も含めることでターゲットの拡大が可能であり、原核生物やウイルスもモデルに組み込める可能性があるという。また、群集タイプの推定に使用されたメタバーコードには、未知の微生物のデータも多く含まれており、こうした未知の微生物の動態や環境応答の調査にも応用できることが考えられるとした。

また研究チームは将来的に、海洋生態系の詳細モニタリングや近未来予測、遺伝子資源の発見にも、衛星データを有効活用できる時代が到来することが期待されるとしている。