
40年ぶりの大幅円安が続いている。物価を調整した実質為替レートを見ると、90年代半ばをピークに低下し、今や70年代初頭の水準を下回る。この実質円安は、内外の実質金利差だけでは説明不能だ。いったい何が原因か。
長期の実質円安を考える際、経済学ではバラッサ・サミュエルソン効果を重視してきた。貿易財部門の生産性が高まると、そこで働く人の賃金が上昇する。貿易財部門の賃金上昇は、労働市場を通じ非貿易財部門にも波及する。非貿易財部門では、生産性上昇率が貿易財部門ほど速くないため、賃金上昇は価格に転嫁されやすい。この結果、サービス価格の上昇で、国内物価が上昇し、貿易財部門の生産性上昇率が高い国は、実質ベースで通貨高となる。これがバラッサ・サミュエルソン効果の基本的な考え方だ。
拙著『日本経済の死角』で詳しく論じた通り、過去四半世紀の日本では、時間当たり生産性は3割も上がった。日本の時間当たり生産性の改善は、米国には劣るが、ドイツやフランスを上回る。しかし、日本の時間当たり実質賃金だけが全く上がっていない。
筆者の仮説は、日本では生産性改善にもかかわらず、貿易財部門の賃金が抑えられてきたため、非貿易財部門の賃金も上がらず、それ故、物価水準が低迷し、相対物価が低下し、90年代半ば以降、実質円安が続いている、というものだ。つまり、生産性は上がっているが、賃金に反映されないため、バラッサ・サミュエルソン効果が遮断され、実質円安が続いている。
実際にデータを見ると、実質為替レート(対米)は、98年を起点に、日本は55%低下し、ドイツは11%低下、フランスは34%低下した。一方、米国と比較した相対賃金は、日本が58%低下し、ドイツが21%、フランスは22%低下している。また、米国と比較した相対物価は、日本が44%低下、ドイツが18%低下し、フランスは23%低下している。日本に比べ生産性の改善が劣るドイツやフランスより、日本の実質為替レートの低下が著しいのは、賃金を抑えてきたからに他ならない。
日銀の金融正常化の遅れが、為替市場で円安を招いているのは事実だ。しかし、四半世紀を超えて実質円安が続いているのは、それだけでは説明できない。長期の実質円安は、長きにわたり生産性改善が賃上げに反映されてこなかったことが原因だろう。
このことを政府も財界も労働組合も、真摯に受け止める必要がある。3年連続の3%台のベア達成に慢心してはならない。過去四半世紀、人件費を抑え、輸出価格を抑えたことは、日本の競争力強化にはつながった。しかし、そのことは、日本人の購買力を著しく押し下げてきた。
インバウンド消費が好調というのは、単に日本人の労働力を外国人に安く叩き売っているだけだ。政府も財界も労働組合も単なる成功物語として受け止めてはならない。