日本製鉄は6月11日、報道関係者向け説明会を開催し、米鉄鋼大手US Steelの買収後を見据えた海外事業戦略について説明した。
説明会には代表取締役副会長兼副社長の森高弘氏が登壇。世界的な保護主義の広がりや地政学リスクの高まりによって先行きの不透明感が増すなか、「成長を海外に求めざるを得ない。他に選択肢はない」と強調した。
日本製鉄はUS Steelに約100人の技術者を派遣し、日本流の品質管理や生産管理手法を導入。2035年までに30億ドル規模の利益改善を目指すほか、2030年度には海外事業利益5000億円以上を目指す。
国内需要縮小で海外へ 日本製鉄の成長戦略
森氏はこの1年を振り返り、「関税に代表される自国優先主義、米中対立、中東情勢などによって世界の不透明性、不確実性が高まっている」と指摘した。
その背景には、米国、中国、ロシア、中東諸国などによる多極化の進行や、AI・半導体・エネルギー・重要物資のサプライチェーンを巡る“覇権争い"がある。
また、日本国内の鉄鋼需要は長期的な縮小傾向にある。1990年には9400万トンあった国内鋼材需要は、現在では5000万トンを下回る水準まで減少しているという。
こうした状況を踏まえ、同社では「需要の伸びが期待できる地域」「自社の技術力や商品力を生かせる市場」を軸に、米国、欧州、インド、タイの4地域を重点エリアとしてグローバル展開を進めている。
こうした取り組みの結果、2025年度の海外事業利益は1148億円に達した。森氏は「海外事業の基盤はすでにできあがった。今後の5年間でそこに魂を込め、利益を伸ばしていく」と述べ、海外事業の収益拡大に意欲を示した。
同社は2030年度には海外事業利益5000億円以上を目指すほか、海外生産能力が国内を上回る体制への転換も見据える。
森氏は「会社の文化や意思決定のスピード感も変わらざるを得ない」とし、日本製鉄がグローバル企業へと変革していく考えを示した。
なぜUS Steelだったのか?成長市場・米国への大きな一手
海外戦略の中核となるのが、米鉄鋼大手U.S. Steelの買収だ。森氏は、その理由としてまず米国市場の成長性を挙げた。
森氏は「米国は先進国で唯一成長が期待できる市場」と説明した。同時に世界最大の高級鋼市場でもある。欧州や日本では鉄鋼需要の縮小が進む一方、米国では人口増加や産業投資を背景に市場拡大が続いている。米国内の鋼材需要は約9000万トン規模であり、間接輸入を含めた需要規模は1.5億トンとされている。
さらに同社が評価したのが、U.S. Steelの設備構成である。
同社は鉄鉱石鉱山、高炉、最新鋭の電炉を保有しており、鉄源から製品までを一貫して手がける体制を構築している。特に、電炉向けの重要原料となるDRI(直接還元鉄)の原料資源を自社で保有している点を高く評価した。
買収額は142億ドル。巨額投資ではあるものの、生産能力2300万トン規模の事業基盤を取得できたことなどを挙げ、粗鋼生産能力あたりの投資額からは、競争力ある取得価格だったと説明した。加えて、既存事業を引き継ぐブラウンフィールド投資であるため、立ち上げリスクや人材確保の問題を回避できる点も大きなメリットだったという。
US Steelに100人派遣 260項目の改善を推進
日本製鉄はU.S. Steelに対し、設備投資だけでなく日本流の現場改善ノウハウの導入を進めている。象徴的なのが「SEIHAN(製販)」と「Ikkan QC(一貫品質管理)」だ。
SEIHANは、販売部門と製造部門が一体となって受注や生産を最適化する考え方。単に高価格製品を受注するだけではなく、工場の生産性や収益性も踏まえて全体最適を図る。一方のIkkan QCは、不具合が発生した際に製造工程までさかのぼり、真因を特定して再発防止につなげる品質管理手法だ。
森氏によると、U.S. Steelは個別工程の改善には強みを持つ一方、全体最適の考え方は十分ではなかったという。
現在は約100人規模の日本人技術者を現地へ派遣し、各拠点で改善活動を推進。U.S. Steelが保有する膨大なデータを分析し、日本製鉄との比較によって課題を抽出した。その結果、260項目に及ぶ改善施策を策定した。
これらの取り組みにより、電炉拠点「Big River」では生産能力向上が進み、休止していたイリノイ州のGranite City製鉄所の高炉の再稼働も実現した。
同社は今後、こうした改善活動に加え、大規模な設備投資も進めることで、2035年までに30億ドル規模の利益改善効果を見込む。30億ドル改善の大半は今後の設備投資によるもので、日本流改善などのシナジー効果は約5億ドルを見込む。
US Steelだけではない 欧州・インド・タイにも投資
日本製鉄は米国以外でも重点地域への投資を進める。
欧州では、スロバキアのU.S. Steel Košice(USSK)と、特殊鋼メーカーOvakoを軸に事業を展開する。
森氏によると、欧州では需要の中心が西欧から東欧へ移りつつあり、USSKはそうした成長市場を取り込める立地にあるという。また、欧州では炭素規制の強化が進んでおり、高炉依存からの脱却も重要な課題とされている。
日本製鉄では、電炉操業のノウハウを持つOvakoとの連携を進めることで、脱炭素対応と競争力強化の両立を図る考えだ。
インドでは、自動車向け高級鋼市場への本格参入を進めている。既存拠点の能力増強に加え、アンドラ・プラデシュ州で新製鉄所の建設も進行中だ。
タイでは、1963年から進出しており、事業会社数30社を運営、約8000人を雇用している。長年にわたる事業展開を通じて、薄板市場で約30%のシェアを確保。現在は30社を一体運営する「タイプロジェクト」を推進し、グループ全体で競争力強化に取り組んでいる。
最大のリスクは中国 求められる政官連携と人材育成
質疑応答では、中国の過剰生産・過剰輸出についても言及。森氏は、中国による鉄鋼製品の輸出拡大について「今の鉄鋼業における最大のリスクは中国リスクだ」と指摘した。
従来は低価格品の流入が中心だったが、近年は高付加価値鋼材の競争力も高まっているという。中国国内市場の成長が鈍化するなか、ASEAN市場への流入が進めば、地域のサプライチェーンに大きな影響を及ぼす可能性があるとした。
森氏は「一度なだれ込まれてサプライチェーンが破壊されると、作り直すことはほとんど不可能になる」と指摘。
日本製鉄は政府関係者らと対話を重ねながら、市場への影響を最小化する取り組みを進めていると説明した。また、近年は企業単独ではなく、国の産業政策も踏まえながら事業を進める必要があるとの認識を示した。
最後に森氏は、世界で競争を勝ち抜くうえで最も重要なのは人材だと強調。優秀なグローバル人材を育成し、将来のリーダーを生み出していくことが重要だと述べた。
日本製鉄は、米国、欧州、インド、タイの4極を軸に海外事業を拡大しながら、グローバル企業への変革と世界トップクラスの鉄鋼メーカーへの返り咲きを目指す。





